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お知らせ

20050618_twotree

このブログも初めてからもう1年が経ちました。
一応1日1枚が目標なので、ざっと300枚は掲載されていることになります。
なのでいい加減、画像が増えすぎたので、今後1年はこちらに引っ越したいと思います。
「重くてPC固まった!!」という皆様、本当にご迷惑おかけしました。。

今日の一枚Part2

この1年、応援してくれたり、感想をいただいた皆様には、本当に本当に感謝しています。
そういったメッセージをもらい、何度励まされてきたことか。
本当にありがとうございます。

これからも好きなように書いていきますが、末永くよろしくお願いいたします。


 
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願うこと

20050717_omikuji1

私の人生において、大切に思う人のひとりが、結婚すると聞いた。
その人が決意した結婚ならば、きっと幸せな結婚に違いないと、なぜだか私は思う。

昔 夢中になった物語の結末が突然訪れたかのように、最初はとてもびっくりした。
そして、それが一番最適な結末のように思えた。

うん、お似合いだ。


今はもう、私がその人の幸せへ直接加担することはできない。
けれど、せめて心から祝福し、そして変わらず願っていよう。

それから私は、私が私の手で幸せにできる、大切な人たちを慈しもう。
おみくじに願いを込めて祈るだけでなく、私の手で幸せにできる人たちを。


 


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ウキウキ浮き輪

20050731_ukiwa

浮き輪って、夏しか見ない。
浮き輪って、とってもカラフル。

もしも浮き輪が冬に使うものだったならば、
白や黒や茶色が多かったんだろうか。

なーんて。
身にならないことを空想してみる。

道端を歩く私を魅了した、イロトリドリの浮き輪たちは、
一瞬で、夏のウキウキ気分を私に運んできてくれた。

明日から夏休み。
嬉しくて、楽しみで、心が躍る。

それはこの浮き輪たちを見つけた時の
”ウキウキ”と似てる感覚かもしれない。

あーーーー、楽しみ!!

 
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足場

20050731_kouji

何も知らない幸せは、私には不幸せだ。
全てを知って、自分で選ぶ。
自分で選んで、次に進める。

だから私は決めている。
どんな事実からも、目を背けない事。
どんな事実でも、受け入れる覚悟を持つ事。

目隠しをした幸せは、偽りの上に成り立つ、偽りの幸せ。
ただ遠回りしただけの、足場のないピエロ。
 
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他人事

20050625_yasiro


所詮、他人事だけどさ。
だけどムショウに、悲しくて、虚しくて、たまらない。

他人事なのに、
彼女の気持ちが私の中に入ってくる。
彼女の痛みが伝わってくる。

確かに、それは世の中によくある話。
でもだからこそ余計に、切なくてたまらないんだ。

彼女の狂おしい程の痛みは、
「よくある話」という一言で、簡単に片付けられてしまう。
わかってるからこそ余計に、切なくてたまらないんだ。


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水のタイミング

20050731_water



コートの傍らにあった水飲み場は、出てくる水量が安定していない。
不安定に高低に飛び出す水を飲むには、構える位置と吸い込むタイミングが重要だ。

私は何事も、タイミングを大事にする。

相手が会いたいと言ってきてくれて、私も会いたいと思っていたのなら、何が何でも会わなきゃと思う。
だって、会いたいという二人のテンションが、次いつ一致するかなんて誰にもわからないからだ。

人間だから仕方のない事なのだけど、気持ちやテンションは毎日変化する。
「会いたい!」というモチベーションが、私も相手もずっと同じように保たれるわけがなくて、
色んな影響をうけながら、あがったりさがったりのバイオリズムを刻んでいる。
それは接触回数が少なければ少ないほど、激しく不安定に波打っている。

だから、相手がピークに達したタイミングをうまくキャッチしないと、もし会ったとしてもうまくいかない。
それができないって事はつまり、それは縁がないのだと思う。
私はそう、諦めるようにしている。

だけど、自分のモチベーションがずーーーーっと高いまま保ててるのなら、
時間をかけてゆっくりと、相手のモチベーションが再びあがるのを待ち受けるという手もある。
これはよっぽどの思い入れか愛情がないと、できないことだけれど。

そして私は、彼女のタイミングが再びあうのを、期待して待つことにしよう。






 
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結婚に求めるものは?

20050731_sunset

結婚をする際に、以下のひとつしか選べないとします。
そしたら、あなたはどれを選びますか?

 \劼鯑れる事
◆〃觝Ъ阿鬚△欧觧
 一緒に暮らすこと

これらは3つ同時に実施できず、1つしか選べないのです。
そうしたらあなたはどれを選びますか?


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テニス

20050731_tennisball


私は、「出来ないことを出来るようにしたい願望」がなぜだか強い。

今回チャレンジしたのは、1年ぶりにテニス。
1年ぶりといっても、たったの2回程やった事があるだけのものだから、結局は初心者だ。

けど、何事にも才能ってものが関係あるんだなぁなんて、痛感させられた。
というのも、私は大の運動音痴。。。

才能が足りない人は、努力を積み重ねることで、
なんとか普通のちょっと手前に到達するしかない。
だけどそこに到達する前に、楽しめないから続かない。

楽しみながら、長く続けていく。
あーーー、課題だ・・・・。

黄色いボールは、まっすぐ陽を浴びて、健康的な夏を感じさせる。
私はこいつと動的に付き合うよりも、静的に付き合う方が、やっぱり性にあうようだ。


 



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おにぎり持って

20050730_onigiri

おにぎり持って、ひとり電車旅。

意外にいいもんだ。

待ってる人、行くべき場所があるからね。

 
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音楽キー

20050626_switch2

私が考えてるすべてのことが、
幸せに生きていくために必要なことじゃない。

むしろ考えないことの方が、
近道の場合もある。

だってほら。
いい音楽を作るのに、
すべてのキーは必要ないでしょ?

 
20050626_switch3
 
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20050723_himo

管理してないと不安なのはわかるけど、
紐で強く縛りつける程、それがない時の反動が大きくなる。

身体の拘束はできても、心の拘束は決してできない。
どんなに沢山の、どんなに強固な紐を用意したって。

そして気がつけば、
その紐に一番拘束されてたのは、自分の心だったりする。
心囚われてるのは、自分の方だったりする。

それは、なかなか自分じゃ解き放てない、強力な紐。





 
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台風後の空

20050727_sora


台風という名の強力な風が、
空気中の細かな塵を全部掃除してくれたのか。

今朝は、空がとても青い。

とても、青い。

 
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てっぺんから見えるもの

20041211_WatchTower

どんなに背伸びしてみたって、届かないし、
どんなに大人っぽく見えたって、中身は違う。

結局、生きてきた年数の差は、拭えないのかもしれない。

あの人から見たら、私は子供だし、
私から見たら、あの子はやっぱり子供なんだ。

答えをショートカットして伝えたくても、当たり前のように伝わるはずがなくて。

それは例えば、地上しか知らない人に、てっぺんの景色を話すのと同じ事。
結局は自分で1段ずつ梯子を上って、見て、実感してかないといけないんだね。

年上のあの人は、私がまだ見ぬ世界を知っていて、きっととてもありがたい言葉をくれている。
年下のあの子は、これから自分でぶつかって悩んでいかないと、自分の血や肉にはならない。

同じ目線でいたいと思っていたことが、そもそもの間違いだったのかもしれない。
そんな事で、寂しい気持ちになるのが間違いだったんだ。

結局、生きてきた年数の差は、拭えない。
ずっと自分の中にあった違和感が、そう言っている。







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20050723_horse

むしゃむしゃむしゃ。

今日のご褒美。

馬が人を乗せる事の楽しみは、外の草を食べれることなんだって。

楽しみがあるから、がんばれる。

人も動物も同じなのね。

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白い鬣

20050723_tategami2

乗馬をしに長野まで行った。
私が乗ったのは、白い鬣がキレイな「鈴蘭」。

他にも10頭ほどの馬がいたのだけれど、
なんとなーく私は鈴蘭を選んだ。

「この子はどんな性格なんですかー?」
スタッフにそう聞いてみると

「鈴蘭は素直な子。とにかく前の馬にしっかりついてきます。」
とのこと。

この子の性格を知っただけで、
なんとなく更に愛情が沸いてくる気がするから不思議だ。

馬は賢いから、きっと色んな事を考えている。
実はいじわるだったり、実は気弱だったりするかもしれないけど、
いっつもすまし顔をしているから、たったの1時間乗るだけじゃわかる筈がない。

だからスタッフに性格を聞いただけで、
なんだか随分長く知ってるような気になってしまうものだ。

「馬」とか、「メス」とか、
そういう一般的なカテゴリーで見てしまうとそれまでだけど、
ほんのちょっと個性を知るだけで、そいつの存在は途端に際立つ。

人に対しても同じで、
こういうタイプは嫌いだけど、でも君は別。みたいなのが、私の場合平気である。
そう、私は究極のえこひいき人間。

例えその人が犯罪をおかしてしまったとしても、
きっと「犯罪者」という括りでは見ないだろうと思う。
私は、私が見てきたその人を信じる。時間を信じる。

話は元に戻るけど、馬にも人間と同じように、十人十色の性格がある。
それを思うと、単なる乗馬も人一倍楽しくなる。

鈴蘭。
ほんの束の間だったけれど、私はお前に会いに遥々来たんだよ。

こういう一期一会も、なかなかいいもんだ。

 

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親子の関係

20050723_oyako

生きていくうえで、人は一体いくつの顔を持つんだろう。

友達、恋人、上司、部下、同僚、取引先、母親、子供、嫁、、、、、
きっとみんな、その役割に応じた顔をそれぞれに演出している。

対等であったり、対等でなくなったり、利害関係に位置したり。
一方の立場や状況が変れば、それらの顔が変る事もあれば追加されてく事もある。

親子のように、永遠と変らぬ関係であればわかりやすいのだけれど、
急に相反する二つの顔を持たなければならなくなった時、
まだ器用にコロコロと顔を変えることができない。

だけど世界を広げるって、
沢山の顔を器用に使いこなすって事なんだろうか。

顔と一緒に軸も変る。
そういうんじゃなくて、
顔を変えても軸は変えない。
そういう人を見ていたい。

あーなんか、支離滅裂だぁ・・・・。
 
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寄り添う樹

20050618_twotree3


こういうのもいいよね。

こういうシアワセの形。

いいねぇ。

 
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草履

20050717_geta

和は、静寂さを醸し出す。

見ているだけで、心の中にすーーっと涼しい風が吹いてくる。

だから、日本人でよかったって、思うんだ。



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花火

20050717_hanabi

うれしいね、花火。
うれしいね、夏。

この時の花火は、もう肉眼では見られない。
だからこそ、そこにいるそのときその瞬間こそ、
よくよく噛み締めて、大切にしないとなぁ。

にしても、浴衣着たかったなぁ。。。
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愛犬

20050717_lime

ライム君。

この夏丸坊主に初挑戦!





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グラスに映る、空と大地

20050605_glass3


ずっと何かを誤魔化し続けていて、

ずっと感じたこと飲み込んできて、

ずっと気づかないふりし続けていて、

もうなんだか

どっちが空で、どっちが大地かわからなくなっている。


正しいものは、正しいと、

おかしいことは、おかしいと、

叫び続けることをやめてしまったら、

自分で自分を助けることさえ、できなくなってしまう。


 
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色褪せていく絵

20050529_art

姉は、新しい恋人をすぐ母に会わせたがるのに対し、
母は、娘の恋人とあまり会いたがらない。

理由は、別れた後が辛いから、という事。
いちいちその相手に感情移入してしまうため、次の恋人を会わせられても、なかなか気持ちが切り替えられないらしい。新しい恋人の顔を見ていると、前の恋人の顔が浮かんできて、なんだか切なくなってしまう、との事だった。

世の母親には、娘と一緒になって「男の品定め」をする人も多いと思う。
「次はどんな人なの?早く会わせて!」「今回は気に入ったわ」「ちょっと軽いんじゃない?」などと、友達のように意見を言い合うのも楽しいと思うのだが、うちの母親はそんな気軽には考えられないらしい。
母にとっての娘の恋人とは、棚に並んでる商品のように比べて選ぶものではなく、あくまでひとつの個性を持ったひとりの人間として見ているのだろう。
だけどそんな母の情深さを、私はかわいらしいなぁと思っていた。

そんな母に、かつて私は一人だけ恋人を会わせた事がある。
その彼はいまや”元彼”という存在になってしまったが、母のタンスに飾られた数ある写真立ての中には、なぜか今も彼の写真が残されている。それは何の因縁なのか、撮影した1ヵ月後に離婚したカップルの結婚式の写真だった。それも、もう二度と会う事はないだろう、かつての親友の・・・。
それはいわば、”全てが過去の象徴”のような写真。

早くはずせばいいのに・・・。
そう心の中で思いつつ、そこに写るみんなの屈託ない笑顔を見ていると、まるで、何も過去になんてなっていないかのような錯覚に陥らされる。
そして現実に引き戻されたすぐ直後、人の気持ちの移り変わりを思い、ちょっとした切なさが私を襲う。

あの頃は、当たり前のように受け入れられていたものが、
今はもう、拒絶の対象になっている。

たった数年の間に、いったいいくつのものが作られ、そして壊れていくんだろう。
全ての感情は、なんて脆くて、そして儚いものなんだろう。

「結婚をするわけでもないのに、会いたくない。」
そう言い続ける母も、もしかしたらきっと、同じように感じているのかもしれない。
時間に勝てずどんどん色褪せていく絵を見るように、その無情さを悲しんでいるのかもしれない。

 
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細い茎を持つ花

20050618_flower


弱い事は、悪いことじゃない。

だからそれ、認めちゃっていいと思う。
全部自分なんだから、わかって、認めて、それでいいと思う。

自分の弱さを認めないってことは、自分と向き合ってないってこと。
自分と向き合えないってことは、強さに変えることはできないってこと。

弱さ認めて、それでも強くあろうとがんばる。
ダメなとこ自覚して、それを直そうと努力する。

それって、素敵なことじゃぁないか。

だから私はむしろ、弱さの無い人は嫌いだよ。



 
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新緑

20050618_green


まっすぐ降り注ぐ陽がすけている。





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20050618_tree

どうせ。

100年後には、みんないない。

 
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帆花 〜Honoka〜

20050910_honoka


大きく帆を広げ、自由にゆったりと未来へ進もう。

君のいのちは、2人の道標。

ほがらかに咲く花のように、優しい香りでみんなを包もう。

君のえがおは、2人の喜び。

「生まれてきてくれてありがとう」

100万回も、そう繰り返さずにはいられない。

それは、新緑の季節のできごとだった。

 


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攻めの家

20050710_beer

その家では、

冷えたビールグラスが出てきて、

樽で生ビールを注ぐ。

そして、

慣れた手つきで、

白木のカウンターにトンッと置かれた。

そこは、リゾートホテル顔負けの贅沢な家。


家主は言った。

「今は人生の無駄遣い期間」


守るだけじゃない、攻める時もある。

メリハリのある生き方がまた、楽しい。


 


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七夕

20050109_take5

七夕。
この日、きっと幼い頃からいくつもの願いを短冊に書いてきた事だろう。

願い、ネガイ、ねがい。

けれどその殆どを、今は忘れてしまっている。
あの頃私は何を願った?何が一番欲しかった?

1年に1回、自分の願いを手の平サイズの紙に落とす。
1年に1回、自分が一番欲しいものを整理する。

歳を重ねるにつれ、
色んな欲にがんじがらめになって複雑化してくるけれど、
手の平サイズという限られた短冊に書く願いは、
意外にとてもシンプルなのかもしれない。
いくつになっても。


 



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いのちのたんじょう

20050618_sora3

「生命の誕生」というと、
私はやっぱり、空と雲と光を思い浮かべる。

それはきっと人類のみならず、
生命というありとあらゆるものが生まれるずっとずっと前から存在するもので、
全ての生命の源といっても過言ではないからかもしれない。

昨日、私の身近な存在になるであろう生命が、この世に誕生した。

不整脈という事がわかり、急遽一ヶ月も早くこの世界に来ることになってしまったのだけど、
私は心の準備ができていなかったので、なんだか全然実感がわかない。

気が早い私は、この子が生まれるまだだいぶ前から子供服を買い、
この日の為にずっと部屋の片隅に置いておいた。

週末は、それを持って初対面にいく。
空と雲と光が授けた、何億年も昔から語り継がれる希望に会いに。


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扇風機

20041015_fan_con40

考えていることの一体いかほどが、
言葉になって伝えられているのだろう。

モーターが回れば風は生まれるはずなのに、
回っても回っても風がこない。
回っても回っても、心地いい風を紡ぎ出せない。

所詮、考えること自体からは、
苦痛しか生み出せないのだろうか。



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自立

20050625_tree


ってことはつまり、

寂しがり屋であるうちは、永遠に自立できないんだろうか。



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悲しいこと

20041014_sunset1


「一番悲しいことは、それを我慢できる自分だ。」

と、誰かが言った。


でも何を我慢しないべきなのか、もはやわからなくなっている。


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洗濯バサミ

20050528_hasami.

洗濯バサミがナニカを干せるのは、ピーンと張った紐があってこそ。
安心して主役を張るには、その存在は欠かせない。失えない。

安定した洗濯バサミの基盤は、紐だったりする。


友人が入院した。
私は、いつものように、私の話をしに連絡をしたときに、その事実を知った。

そして、私はもうひとつの事実を知ることになる。
それは、私が彼女に頼りきっていたということ。

彼女は第一印象がおとなしく童顔なため、どちらかというとロリータ系に分類される。
性格も素直で、危なっかしくて、騙されやすそうな為、男だったら手を貸さずにはいられないタイプ。
だから私たち2人を傍から見れば、誰しも私がイニシアティブを取っている関係だと思うだろう。

でもその実、依存してるのは私の方。
そして、包んでくれてるのは彼女の方。

私は彼女にたくさんたくさん頼っている。
けどそのことは、今までもわかっていた。
だけどそれまでは、もうちょっと同じくらいだと思っていたんだ。

強いのは、彼女の方。
弱いのは、私の方?

きっと今の彼女には、私の支えなんて必要ないんだろうな。
優しい旦那と、家族がしっかりした基盤を彼女に与え、フォローをしているみたいだから。

彼女を強くしているのは、強固な基盤。
そして、私の基盤のひとつは彼女だった、という事実。





 
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20050528_kabebule


越えられない、壁がある。


それにぶつかると、途端に視野が狭くなる。





 
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砂の城

20050827_siroki.

絆とか、信頼とか、赤い糸とか。
そうやって強い言葉を使って、”絶対的なもの”だと思いたいのかもしれないけれど、
気持ちなんて形のない、本当にもろいもの。
強風の中に作られた、砂の城のように儚いもの。

だから「遠く離れても応援するよ」なんて言わないで。
そんな言葉、何の約束にもならない。

ただ見えているのは、跡形もなく崩れ去った砂の城。
だからそんな言葉、何の意味もない。

だけどその気持ちだけは、大切にとっとくよ。
応援してくれる気持ちは、とてもとても嬉しかったから。

今だけで考えると、深い言葉なのに、
先までも考えると、薄い言葉になってしまう。

けれど忘れちゃいけないのは、その時はそれが真実だってこと。
だから、こんな事考える私は、幸せボケした贅沢ものなのかもしれない。


 
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20050618_saku2

私には欲しいものがあった。
手に入れたいものがあった。
それは、高校の時から変らない。

高校生の頃、何があれば自分の人生は満たされるのかを考えたとき、そのひとつの結論に至った。
それはまだ手に入れていないけれども、その気持ちは、今も変らない。
それさえあれば、私は満たされている事ができると、確信している。

けども、最近思う。

私がいる、ココ東京。
ココにはあまりにも誘惑が多すぎる。
沢山の選択肢が用意されているし、
そのどれもが少し手を伸ばせば、届きそうだという錯覚に陥らせられる。

私がやっと、欲しかったものを手に入れる事ができたとき、
その他の全てのものを、果たして捨てる事ができるのだろうか?
それだけでは、満足できない自分になっちゃっているんじゃないだろうか?

できると思う。
いや、そうしなくちゃと思う。
絶対に守らなきゃって思う。

ただ、忙殺されている日々の中、ふと立ち止まると、
どっぷりと東京の生活に浸りきっている自分が居る事に気づく。

知らぬ間に、柵を作ってる?
あっちに戻れない、柵を作ってる?

わかんないけど、
あっちの景色を見失わないよう、
見つめ続けていこうじゃないか。


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陶器

20050626_earthenware

2ヶ月程前に作ったオリジナル陶器が遂に到着!

今日は、その開封式が行われた。

ガムテープでぐるぐる巻きにされたダンボールが、
それぞれの手によって、ハサミでちょきん、ちょきんと、開封されていく。

まさに開封式!笑

新聞紙で包まれた陶器をひとつひとつ取り上げ、
裏面に書かれたサインで誰のかを判別し、手渡しでより分けていく。

私の前に集まった、4つの陶器たち。。。

すごく満足、すごく嬉しい。

こんな色になったのか。こんなに小さくなったのか。
ひとつひとつを手に取りながら、裏から色からじっくり見ていく。

もう嬉しくて嬉しくて。

当分は、和食しか作らないんだから(笑)

 
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紫陽花

20050625_hydrangea

やーーーっと見れた、紫陽花。

今度はもっと早く来ようっと。

 
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名も無いBAR

20050624_record


今日、名も無いBARがオープンした。

全部で15席ほどの小さな店内は、まだ、新築にありがちな独特な香りを残している。
個性的なソファとカウンターで構成されている内装は、
BARというよりは、どちらかというとCAFEという言葉が似合っていた。
それもその筈、昼はCAFEとして、夜はBARとして営業する二部構成になっているからだ。

店名のないBARは、看板もないし、メニューもない。
誰が客で、誰が店員だかもわからない。
逆に言えば、客は客でいなきゃいけないというルールはない。
その空間は、ナニモノにも縛られない。

寝る人あれば、仲睦まじい夫婦もあれば、アイスホッケーの試合前にふらりと寄った人もある。
来る人のジャンルは問わない。もちろん、目的も問わない。
だけど自分という何かを持っていない人にとっては、ちょっと最初は戸惑う空間かもしれない。

”普通”のBARの枠には当てはまらない、”規格外”の名も無いBAR。
期待されちゃ困るけど、もしかしたら期待以上の何かがあるかもしれないと思わせられる。

”秘密の”という枕詞がとても似合うそのBARは、
一人でふらりと、もしくは気の置けない友人や恋人と訪れてみたい場所の一つになる事だろう。



20050624_Cherry

これは、この日生まれたスペシャルカクテル。
もちろん、名はない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


■Access
渋谷駅より徒歩5分。
宮益坂上交差点から、青山通りを表参道方面に50m程直進。
右手にampmがあるので、その左隣のビルB1。
階段を下りて突き当たりにある。

看板がないのでもしドアの前で躊躇したならば、
ちょうど目線の高さに設けられた覗き窓から中を見てみよう。
写真にあるように、壁に飾られたレコードジャケットが見えれば、そこに間違いない。

名も無いBARは営業時間も謎に包まれている。
今日の営業を知りたい方はコチラから→ Click!
CAFEはまだオープン前。





photo by mamiya

電車

20041014_train

昨日の帰りは22時半。

電車で座っていたら、目の前にお腹の大きな女性が立っている事に気づく。

瞬間的に「妊婦???」と思い、席を譲ろうと声をかけかけるも、

「いや、まて。もしかしたらただの太ってる人???」

だとも思い直す。

だとしたら、席を譲ることは、この人にとって失礼極まりない事になってしまう。

「あんた、妊婦に間違えるほど、太ってるわよ!」

と言っているようなものだから。


このお腹は、、、果たして・・・・・。

あまりお腹をジロジロ見る事も失礼なので、足元や服装で判断しようと努める。


う〜〜〜〜ん、どっちとも、取れる・・・・・。


たまに、座席に座っていると、同じように悩むことがある。

それは、お年寄りの方。

「ぼく、おじいちゃんだぜぃ!」

「あたし、おばあちゃんなのよぉ!!」

って主張をしてくれればいいのだけれど、そうとも言い切れない年齢の方って結構微妙で、

「あたしゃーまだ、そんな歳じゃないわよ!みくびんないでおくれっ!」

っていう人もいるのだもの。

だから足元が不安だなぁって人とか、手すりにつかまって大変そうな人とか、

そういった所で判断して声をかける事が多い。


私が良かれと思ってした事でも、それは相手にとって嬉しい事かどうかはわからない。

もしかしたら、「やってあげた」と思って満足してるのは自分だけで、

実は予想以上に相手を傷つけているのかもしれない。


そんな事を考えていると疲れてしまうので、

車でいうシルバーマークみたいなのがあればわかりやすいのに〜!と思ったりなんかして。。。


そして昨日の話に戻ると、結局私があれやこれやと考えているうちに、私の隣の席があいた。

けど、彼女は座らなかった。

これは、、、やっぱりただ太ってただけの人ってこと??

正解はわからないけれど、色々考えてばかりで、結局何も行動できない自分を考えて情けなくなった。

行動しなければ、それは考えてないのと同じこと。

いっつもそう。

私は考えてばかりで、結局何もできない、何もしない臆病者。

だから相手にも、何も伝わらない。

何も残らない。

 
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椅子の本気度

20041117_isu


「本気で働いてる?」

最初にその言葉を投げかけられたとき、私は絶句した。

本気って、なんだろう?

私の本気って、どういうのだろう?

どこまで働けば本気っていえるんだろう?

答えは出ないままだった。



「本気で働いてる?」

次にその言葉を投げかけられたとき、私は即答した。

「本気ですよ。」

まだ答えを見つけてもいないのに、そう答える術だけは覚えていた。

ワカラナイなんて答え、求められてないとわかってたから。



座れない椅子に価値はない。

だからきっと、椅子はいつも本気なんだ。



 
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葛藤

20041218_hasi2

人間なんて、みんな欲があるし、打算だってあるし、

時にはイケナイ考えだって浮かんでくる事だろう。


けれど、そこに葛藤がある人は、私は美しいと思う。

 
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結婚式

20040703_wedding


「この二人は、うまくやってけそうだな。」

そう思える結婚式はいい。

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自転車と牧場

20050618_tyari

すごく嬉しかったのは、そう思ってくれた気持ち。
さらに嬉しかったのは、それを本当に実行した行動力。

両方できるヤツなんて滅多にいない。
思うだけで終わってしまう事なんて、山程あるのに。

ほんと、君はすごいよ。


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葉脈

20050612_green

きれいだ。。

日の光で、葉脈が透けて見えるのって、好き。

生命を感じるから。

 
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同じ形・同じ方角

20041021_syouyu

味方は必ず現れる。

時間はかかれど現れる。

決して卑屈にならず、妥協せず染まらずに、強くある事ができるならば。

同じ形、同じ方角を向いたものは、必ず集まってくる。

時間はかかれど集まってくる。





 
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とうがらし

20050226_tougarasi



不思議だ。

とうがらしが辛いのは、みんな容易に想像できるのに。

人の気持ちを想像できない人が、なんて多いことか。

そして、機嫌の悪さを隠そうともしない人が、なんと多いことか。


本音でいることと、機嫌を隠さないこととは、違う。

そこに「相手はどう感じるか?」という想像力を働かせてるかどうかが、大きな違い。







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ふわふわ

20041101_kumo

ふわふわ綿菓子のように、私のユウウツを吸収してくれて、

ふわふわ雲に包まれてるような、そんな気分にさせてくれる人がいる。

ちょっとお茶だけのはずが、いつの間にか1時間。

戻ったあとも、ふわふわふわふわ。


人のパワーを奪う人は、それだけで罪。

その反対に、人をパワーを与える人は、それだけですばらしい。


 
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ソラ。

20041218_sunshine2




何かに制限されているような感覚に陥る。

だからとても窮屈で、思うようにいかなくて、余裕がなくなってるのがわかる。


もがいてもどうしようもない事もわかっていて、

だけどただ過ぎ去るのを待つだけなのも時間がもったいなくて、

痛む頭を抱えながら、どうしたらよいものか途方にくれている。


だから結局、何も考えずに目の前の事をこなすだけに集中する。

何かを考え始めたら、広がる思考を止められる自信がないから。




空はナニモノにも制限されていない。

ソラはソラで、ワタシはワタシで、全く別の存在なのに、羨ましい。

見てるだけで、自分の檻が透明になっていくような気がしてくる。

 

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梅雨

20050219_kasa

今日は雨だから、空いてると思ったのに。

今日は雨だから、このプランに決めたのに。


ちぇ。

どんどん増えてく、ビニール傘たち。

雨を予期しなかった数の分だけ。。

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お寺で。

20041218_hata

今朝、私の目の前にはテレビがあって、

テレビの中にはお寺があって、

お寺の中には丸坊主の女性がいた。


「人間は何のために生まれてきたのか?」

その問いに、彼女は確信を持ってこう答えていた。

「自分以外の誰かを幸せにするために。」



どんなに地位があっても、仕事ができても、優しくない人間は不完全。

そして、優しさとは想像力から生まれるもの。

相手がどんな気持ちなのか、どうして欲しいのか?を察することができる力。

続けてそうとも言っていた。


朝からとても共感。

最近、相手の気持ちを想像しようとすらしない人が多い気がする。

 
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ナマ小雪

20050609_koyuki.

今日は、仕事で招待されたイベントへ参加。
そこで、ナマ小雪を見た!

小雪は、結構好きな女優さんの一人。
凛とした雰囲気がとても魅力的だなぁと思う。
ああいう雰囲気って、身につけようと思ってつくものじゃない。
どんな人なのか、より知りたくなる。

私は一番前に陣取って、カメラを用意。
ちょっと自分が、ストーカーになった気分になったりなんかして・・・。

彼女の第一印象は「細っ!」
絶対、体脂肪率10%以内に違いない。
お尻なんて、ペラペラだったし、
あんなに細いと逆に病気になっちゃうんじゃないかしら。

沢山のフラッシュを浴びて、一体どういう気持ちなんだろう。
一度でいいから聞いてみたい。


 
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だからなかなか気付かれない

20041101_man

ドアを開けてくれるとか、
サラダを取り分けてくれるとか。

そういうマニュアル通りの優しさはないけれど、
もっと暖かく包み込んでくれる優しさを、君からは感じてる。

思いやりは日常の普通の中にこそ散りばめられていて、
「ポイント」だとか「コツ」だとか、そんな風に誰にでも真似れるようには括れない。

周りを見渡せば、"優しさ"という名の行為は沢山目につくけれど、
ほんとの”思いやり”はあんまり目につかなかったりする。

だから、なかなか気づかれない。
君は本当の優しさと思いやりを持っていたのにね。

私が君から学んだのはそういう事。
でなければ、目先の優しい行為だけで人を判断するところだったよ。
本当の思いやりや優しさは、普通の中にこそ潜んでいるのにね。

だからありがとうって思ったんだよ。

 
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きゅうり

20050226_kiuri2

この前と同じきゅうり。

かわいくてぱしゃぱしゃとっちゃった。

緑の透き通り具合が、かわいいんだ。

 
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ビアガーデン

20050606_beer

今年初のビアガーデン。
というか、そもそもビアガーデン自体始めてかも・・・。

ビールの苦手な私は、ウーロン茶片手に
食べまくっちゃいました・・・・。

なんかいいね。
夜空の下、みんなで飲むっていうのも。
心なしかみんな少しだけ開放的になっている気がする。

とかいいつつ、しっかり風邪気味になって帰ってきた私・・・
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喜びの笑顔

20050605_bd

今日は友達のお誕生日お祝いにと、おたおめランチへご招待した。
東京を一望できるレストランで、久しぶりに二人でゆっくりお話した。

27歳になる彼女は、会った瞬間からお別れをした後まで、
終始笑顔で、そして、今日の私の招待に、とても喜んでくれた。

嬉しいという感情をストレートに表現できる事や、
素直に笑顔を見せれるって事は、とっても素敵な事だと思う。

だけど素直に笑えない人が、最近とても多いなぁと思う。
ひきつった笑いをする人、笑うことに戸惑う人、人の顔色を伺ってから笑う人。

きっと色々なものに縛られてたり、心に引っかかる何かを持ってたり、自分の感情よりも優先させる何かがあったりと、それぞれの事情を抱えているのだろうけど、なんだかちょっと切ない。

振り返れば私も、自分自身にそう感じてる時があったなぁと思う。
そういう自分は、はっきりいって、あまり好きじゃなかった。
でも抜け出せない渦の中にいて、もがくだけ無駄だったあの頃。。。

私は、笑顔の綺麗な人が好き。
よどみなく笑える人が好き。
笑顔を見ると、その人が少しだけ見える気がする。

あなたは最近、素直に笑えてますか?

 
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予感

20050604_maturi

祭の匂い、祭の音、祭の予感。
軽快な太鼓の音が、道から道へと鳴り響く。
ここは鎌倉。

”夏の予感”をさせるものは、私をワクワクさせる。
浴衣、花火、海、スイカ、ワンピース、水着、うちわ、屋形船、、、、
あーーーーー、ワクワクする。

だから本当は、夏よりも今の時期の方が好きなのかもしれない。
たくさんの期待に胸膨らむ。

でも期待だけじゃあ終わらせないよ。
今年は楽しい思い出、いっぱいつくる。

人ががんばれるのは、楽しい思い出に支えられ、楽しい思い出作るため。


 
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「楽」

20050603_raku


この字は「楽」

「人生どれだけ楽しんでるかい?」
「仕事も楽しんでるかい?」
みたいなのがテーマらしい。

ビル下のホールでイベントが行われていて、
書道家の偉い先生がこの字を書いたみたいなんだけど、
「うん、やっぱいいねぇ〜」
なんて思ってしまった。

力強く描かれたその文字は、”何か”を表現している。
なんだろうやっぱ、
言葉にしきれないものを表現する事ができるものって、いいなって思った。

私は、言葉で気持ちを伝えることって大事だと思っている。
自分の今の気持ちを、感情を、ストレートに相手に伝える。
言葉じゃないと伝わらないものがある。

だけども逆に、全てを言葉にしすぎてしまうと、
表現しきれない微妙な感情まで失われちゃう事もある。
そうつまり、言葉じゃ表しきれない真実もあるという事。

その為に、絵があり、音楽があり、写真があり。。。。

言葉がなくても、一瞬で人の感情に訴えかける事ができるものがある。
そういったものを、私も創り出していきたい。
強くそう思う。


ところで最近「和」にハマり中。
小学生の時、あんなに嫌いだった習字なのに、今は「イイ」って思える。
座禅とか俳句とか茶道とか着物とか・・・
そんなのやりたくなってくる今日この頃。

歳かねぇ・・・・
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古いもの

20050423_kamisuki


なんでだろう。

年を重ねるごとに、完璧でないアンバランスなものに愛着を覚えるようになっている。


真新しい道具より、使い古された道具に芸術を感じる。

綺麗な模様のマグカップより、自分が作った不恰好なコップの方がいい。

完璧な装飾があしらわれたメッセージカードより、手作りのカードをあげたい。


そこには、人の温もりがするから。

 
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発信と受信

20050528_antenna

与えることが、重要だと思う。

でも、どうしてだろう。
与えると、どうしても与えられたくなる。

見返りを求めたら、
何を与えてもただの負担になるだけ。

途端に、”与えてる”んじゃなくって、
”押し付け”に、変わるだけなのに。

だったら最初から何も、しない方がいいのかなぁ?

でもやっぱりきっと、一番いいのは、
与え続け、そして、見返りを求めないこと。

与えて、

伝えて、

表現して、

慈しんで、

抱きしめて。

それは単に、自分がしたいからしただけのこと。

私たちはみんな、アンテナのように、発信と受信ができる。
けれどもそれは、決してセットじゃないってこと。

 
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親友へ

20041113_yumi


今日は、私の親友のお誕生日。

私が好きな友達には共通点があって、それは「善良」であること。
彼女はまさに、その代表格ともいえるくらい、清くて、善良な子だ。

彼女と初めて出会ったのは、高校1年のクラスで。
最初、あまりにも善良の塊のような彼女を見て、
穢れた?私は「そんな人間この世にいるわけがない!」と思い、
どこに”ずるさ”だったり、”妬み”だったりした感情が隠れされているのかと思っていた。
今思うと、そう考えてしまうこと自体、私がナナメに生きてきたって事だね(笑)

結局彼女はそういった感情から程遠い所にいる人で、
それは今も変わらないと私は思っていて、だからこそ心から信頼している。

後から思うとくだらないような私の悩みも、
彼女はいつもとことん本気で真剣に考えて、最後まで話に付き合ってくれる。
そうやってくれるから、1時間電話で話しただけで私の中のモヤモヤがスッキリしていたり、
悩みがとんでもなくカワイイものに思えてきたりして、結果とても救われている。
ほんとうにほんとうに感謝している。ほんとうにほんとうにありがとう。

そして更には、一見シンプルなように見えて、
その実とても複雑な私の性格も、よく理解してくれている。

きっと彼女は、世界中の人々が次々と私の敵となっていったとしたら、
最後の3人目までには残るんじゃないかと思う。

だから、私にとって彼女のような存在はとてもとても貴重だと思ってるし、私より長生きしてよ!!って思う人の一人。
今のまま、彼女も、そしてその周りの人と作る幸せも、変わらずにいて欲しいなぁと願っている。

お誕生日おめでとう。
 
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20050212_key


> こんなに相性がいい人、久しぶりです。

ある友人が、最近付き合い始めた彼氏の事を、こう言っていた。
その一言には絵文字なんてないけれど、彼女の嬉しさが十分伝わってきた。
例えるならば、ハートマーク10個に、音符マーク5個に、にこちゃんマーク3個分くらいが、その一言のそここら中に散りばめられているかんじだ。

「相性」って、曖昧なようで、でも確実にあるもの。
努力や理想じゃなんともならない、だからこそとても貴重。
その直感が全て、と言ってもいいのかもしれない。

私の友人で”直感結婚”した人は、みな口を揃えてこう言う。
「会った瞬間に、”この人だ”とわかった。」って。

ほんとかなぁ?って疑いたくなる。
そんな感覚、経験してみないとわからない。

でもその人たちはみんな、とても仲良くて幸せそうな事は、どうやら間違いないようだ。
それは例えるならば”部屋の鍵”みたいなもので、「これだ!」という強い確信があるものらしい。

それまでは皆、合わない鍵を無理やり差し込んだり、削ってみたり。
スイートルームの鍵じゃないと手にとらなかったり。鍵の装飾にこだわってみたり。。

でもその時には、きっとハッキリわかる。
そんな事の必要のないぴったりした鍵を、やっと見つけたって。

彼女の笑顔を見ていると、なんだかそんな気がしてくる今日この頃だった。

 
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孤独

20050528_sea


私と孤独は切り離せない。

この”寂しい”という感情は、いったいどうやったら消し去る事ができるんだろう。

昔は足りない感情が多かったのに
今はいらない感情が多いと感じる。

足りないなら足りないで、人間として不完全なんじゃないかと思っていた。
足りてるなら足りてるで、めんどうくさい人間になったもんだと思っている。

どっちがいいのかわからない。
だけど自分の感情に気づかず鈍感でいるより、知っていた方がまだマシなのかもしれない。



 
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キャンプ

20050529_camp


キャンプをした。
なんと、人生初のテント寝!!

なぁーんにもない砂地に、テントを張る。
最初見たときは、「え?ここで??寝るの?」と、森でのキャンプを想像していた私をびっくりさせた。

でも不思議。
テントを張って中に入ると、途端に居心地のいい私だけの城になる。

軽装で寝袋にくるまると、夏にひんやりとしたシーツに入った時のような、そんな感覚を思い出させる。
すぐ近くで、波の音が聞こえる。通風孔からは、北東の風が通り抜けていく。
私は今、自然の真っ只中にいる。

すぐ外からリアルな物音が聞こえていながらも、まるで別世界にいるような気持ちで、眠りについた。
私は今、自然の真っ只中にいる。
それだけは間違いがなかった。

 
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のんびりランチ

20041130_lunch

みんな幸せそうにのんびりと笑うから
それにつられて私も幸せ気分になる。

女の子の普通の会話。
すごくたわいない会話。

Tバック、旅行、気になる男の子、辛いタイカレー、
新しくオープンしたレストラン、レッサーパンダなどなど・・・。
何の実にもならない会話が次々と出てくる。

みんな笑顔で幸せそう。
周りのみんながのんびり笑うから、だから私も楽しくなってくる。

何もないって、すごく平和。
人の笑顔って、すごく素敵。

今日は”何もない幸せ”を噛み締める事ができるランチだった。


 

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温かい水

20041015_water

この水は温かい!

と、言われれば、温かく見えてくる?



悩みの迷路に入ったときの解決策として「思い込む」がある。

プラスの方向へ、無理やり思い込む。

悪いことは、何ひとつ想像しない。


強くみえる人って、悩まなさそうな人って、そういう力が強いのだろうか。

本当は、とっても冷たい水なのに、温かく見せてるだけなんだろうか。

なぞ。

 
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あっち側

20050505_atti


あっち側にいたと思っていたのに、気がついたらこっち側にいた。

自分の立ち位置って、実は、思ってるほど確かじゃないのかもしれない。

地位と権力を手にし、変わってしまった人がいて、

でも当人は、

変わったのは周りだと思っていて。

常に自分を見つめなおしていかないと、

あっという間に、流されていく。

常に自分を客観視し、周りの声に耳を傾け、決して思いやりを忘れないこと。

わかってるつもりなんだけど、

なんでだろう。

時々見えなくなっている。

だから気づかせてくれた人に、

ありがとう。

 
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ふわふわした場所

20041130_hane

悲しい事実を知った。
悲しい。胸が痛い。
自分を理解してくれる人たちだけがいるふわふわした場所へ、閉じこもりたくなる。

人と、距離を置こう。
物理的な距離じゃなくて、精神的な距離。

人が嫌いなんじゃなくて、本当はただ怖いだけ。
本心では人に囲まれていたいのに、それができないから「嫌い」という言葉を用いて、自分をごまかしてるだけなのかもしれない。

大事な人だけを大切にする。
私の優しさは全部その人たちだけに注ぐ。
その傾向はもっともっと強まっていきそうだ。

謙虚であれ、
優しくあれ、
そして、強くあれ。
 

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結婚願望

20050213_chear

今日は忙しくて、緊迫した精神状態が続いてて、なんか疲れちゃって・・・・。
そんな時に、ふっ・・・・と全てが飛んでっちゃうような、そんな癒される瞬間・居場所が欲しい。

ああ、、、男性が結婚したいときって、こういう時なんだろうか・・・。
だから家庭は、全ての荷物を下ろして寛げる、あたたかいものにしたいなぁ。。。

あーーー、なんだか結婚したいぞーーー。
暖かい光が迎えてくれる、あっちの世界へいきたい。。。。

 





 
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きゅうり

20050226_kiuri


キュウリが巻かれて、お皿に並んでいる。
それだけなのに、なんでこんなに癒されるんだろう。

食が持つ力?
緑が持つ力?

なんでだろう。。。
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ホームパーティーの主役

20050521_tomato

今日のホームパーティーは、イタリアン。

だから、

トマトとバジルとフォークが、大活躍。

 

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とっても美味しかった。

 

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まぁるいお腹

20050528_yumi

ぽっこり飛び出たまぁるいお腹は、妊娠8ヶ月。

この数年で、私が認めた唯一の二人の変化。


それ以外は、いつも同じ。

いつも同じ綺麗な家で、

いつも同じ仲睦まじさで、

いつも同じ笑顔で輝き、

いつも同じノロケが聞ける。


抜き打ちで訪問しても、

落ち込んで訪ねていっても、

いつも同じ、変わらぬペースで生きているその二人は、私に安心を与える。


まぁるいお腹を、二人でゆっくりゆっくり撫でている。

全てのものを、慈しむように。

二人を包む空気は、愛で満ち溢れている。

 

 
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JAZZ BAR

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2人の女性のモノクロヌード写真。
こんな写真がそこら中に、しかも品良く配置されているのは、とある都会の片隅にあるJAZZ Bar。
長方形のフロアを持つこのBarで、写真たちの存在に気づくには、訳あって一手も二手も後になる。

まず、入店して最初に眼に飛び込んでくるのは、グランドピアノとドラムとコントラバスたち。
こいつらは、偉そうにド〜ンとフロアの中央を占拠している。

店内奥にあるソファー席へ行こうと思ったら、客がわざわざこいつらを避けるように体をかわして通らなければならない。
この偉そうともいえる態度が、この店でのこいつらの存在感を、より一層強調していた。

それから、客の都合などおかまいなしに、突然演奏が始まる。
プロともアマとも判断しかねる3人組は、みな50代のサラリーマン風。
彼らは互いに目を合わせる事もなく、ピアノの音にチェロの音を重ね、最後にドラムの力強い音が加わり、ひとつの音楽を完成させていった。

彼らの都合で始まる彼らの音色は、客同士の会話を阻む事を恐れない。
だから私たちは大声で、そして何度か同じ言葉を繰り返しながら会話を進めざるを得なくなった。

この、客を客とも思わぬこの態度。
そう、ここの主役は紛れもなく、この楽器たち。
酒もソファーもヌード写真も、そして、客さえも、ここでは主役を引き立てる為の脇役でしかない。

ここでは、アルコールじゃなくて、音に酔う。
ここでは、言葉じゃなくて、目で会話する。
ここには、遠慮なんかいらない仲間と集まる。

そんなJAZZ BARは、数少ない人たちに強烈に愛されながら、今日もひっそりと営業している。




 












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光るグラス

20050502_glass

背後のロウソクに照らされて、暗闇の中で光ってる。

私はビールは飲めないけれど、
最近「ひとくちめが美味い」っていうのが少しわかってきた気がする。

長風呂の後とか、そういう時に。

 

 
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たまの連絡

20050610_keyboard

たまーに連絡がくる人がいて、
そのメールの最後にはいつも「今度また飲もう!」という一文が、必ずくっついている。

私は、「ああ、懐かしい。」って思いながら、
実現する可能性の低い最後の一文まで、きっちり返信をする。

そして、1通、2通と儚げに往復するメールは、
いつもいつの間にか途絶えている。


それから1年後、また同じようにメールがくる。

ただ違うのは、内容が相手の環境に伴って少しずつ変化しているって事。
その短いメールは、私に長い時の流れを感じさせる。

たまーに連絡を取る関係。
細ーく長ーく続く関係。
こういうのも、いいなぁって思う。

そして私はまた同じように、きっちり返信を書く。
この1年で変わった、私の環境についての報告をする。
でもやっぱり、最後の一文だけは、変わらずに。


 
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乱雑さ

20050227_after

乱雑な調和っていうのもいい。

私にはまだまだ難しい領域だ。

 
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郵便ポスト

20040926_post

まぁーるい郵便ポスト。
最近見ない上に、ポストに手紙を投函することって、あまりなくなったなぁ。
だからか、手紙って、私の中でとても貴重なものになった。

「プレゼント何がいい?」って聞かれて、
「手紙がいい!」って答える。

遠慮とか、そういうんじゃなくって、
ほんとにほんとに、手紙が欲しかったんだ。

そんな女心。


 
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階段

20050430_kaidan

寂しいなぁ。
たとえどんなに目線を低くしてみたって、
私のいる位置が階段の上だとしたならば、
階段下の人たちと同じモノを見る事は難しいのだろうか。

あーーそれにしても、上りたくなる階段だ。
上って青い空を見てみたい。

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バックギャモン

20050501_game

つい最近、『バックギャモン』というゲームを入手。
毎日のように友人と勝負しているのだけれど、なんと昨日も惨敗した。
これで私が負けたのは、いったい何連続目になるんだろう。。。(T-T)


 
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三羽のカモメ

20050429_bird.

今回の旅は3人で行ったのだけれど、
この中途半端と思われる数が、私にはちょうどいい。

2人っきりだと息がつまる。4人だとちょっと多くて割り切れちゃう。
ペア+1の存在である事が、私にはとても心地いいのだ。

思えば私は昔から、3人組が多かったように思う。
いてもいなくてもいい存在。
私1人が突然消えても、誰も寂しがらない。
話したくなければ黙りこんでも、会話は続く。
+1の存在は、かぎりなく無責任に行動できる。

1人で気の向くままに散歩し、
2人でアトラクションを楽しみ、
3人で食卓を囲みながら、その日の出来事や出会った人の話をする。

今回の旅が中身が濃く、多岐に渡る経験ができたのも、
3人という自在な組合せが可能な数による恩恵だろう。
足してもいい、引いてもいい、無責任な+1は、
自由を好む孤独な私と、共感したい寂しがり屋な私、その両方を満たしてくれるBestNumberだ。

 
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旅の終わり

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今日で旅も終わり。

数日間お世話になった水着を洗う。


20050504_cafe

ゆっくりcafeを堪能してみる。


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水に浮ぶ花を眺めてみる。


20050504_sea

プライベートビーチを散策してみる。



そして、旅とお別れの時間がやってきた。

 

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サファリパーク

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今日はサファリパークへ野生の動物を見に行った。
入園手続きをしている時、観光バスの前にインド人達に囲まれた鹿が一匹いた。

手続きに時間がかかっていたので、私はその鹿を見に近くまで行った。
鹿の周りでは、このバスに乗ってきたのであろうインド人旅行者の親子が、写真を撮っている。

私はその横で鹿を撫でていると、誰かにぐいっっと力強く私の腕を引っ張られた。
え???と思い、驚いて顔をあげると、目の前にはカメラを構えた小学生くらいの男の子がシャッターを切った所だった。
ふと横を見ると、その家族らしき人たちが笑顔でポーズを取っているではないか。

・・・あ、そゆことね。

ここへ観光へ来た彼らからすれば、私も珍しい観光対象のひとつになるんだなぁ。
なんだか可笑しくなってしまい、私も彼らと一緒に写真をお願いした。

一方で私達の手続きが完了したので、ジープに乗る。
一度入園すると、危険な為もうジープから降りる事はできない。

現地人のガイドが一人乗り込み、動物を発見するたびに車をとめ
「elephant!」「pigpig」「BambiBambi」と叫んでくれる。

近くで見れるときはいいのだけど、たまにどこを見ても動物が見当たらないときがある。
目を凝らしてやっと見つけたのは、米粒よりも小さな猿や鳥たち。
一体、彼らの視力はいくつなんだろうと、コンタクトが手放せない私は、少し羨ましく思ったりもした。

約3時間に渡るサファリを終え、私達は帰路についた。
すると、突然のスコール。
ジャングルに降るスコールも、またいいものだ、と思う。

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AmanResorts

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今朝の目覚めは、それまでの3日間と比べ物にならないくらい、最高だった。
昨夜、日本人価格のディナーを食べる事になったのは、宿泊先のホテルを移動したからでもあった。

エアコン、シャワー故障。アメニティグッズなし。
そんな環境が、これで一気に改善された。
いや、改善なんてものじゃない、全く違うものと位置付けた方が説明が容易だろう。

なんたってそこには、海が見えるバスタブだってあるし、
石鹸どころか、シャンプーからボディクリームから虫よけまで統一されたビンに入って並んでいる。
部屋なんて8倍くらいの広さだし、バスローブやスリッパや変圧器やドライヤーやちょっと一杯セットやフルーツ山盛りや海の見えるトイレやプライベートプールやもうあれやこれやこんなものまで!と、揃えられている。

そんなあらゆる我侭を聞いてくれちゃいそうなココは、世界的に有名な高級リゾートでもある、アマンリゾートのひとつ。
先月オープンしたばかりなので、まだ道々に未完成感はあるけれども、それでもやはり満足をさせてくれるサービスが揃っている。

この国では、サービス業は低い身分の者がする職業だとされているけれども、ここで働くスタッフ達は、皆自信に満ち溢れていた。

20050502_chess

夜は、ライブラリーにあったチェスを楽しむ。
ゲームが大の苦手な私は、やはり一度も勝てなかった・・・。

 

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被災地でもある街

20050501_daib

今日は街へ行く。
スマトラ沖地震による津波の被害が大きかった街のひとつでもある。

被害の状況を一望できるからと、タクシーの運転手が灯台へ案内してくれた。
そこで、レース編みを手にしたおばさんが声をかけてきた。
もちろん売りに来ているわけで、私は数ある売り子と同じように「いらない」と断った。

灯台には現地の若者が大勢いて、海にダイブして遊んでいるようだった。
「海に飛び込むのを写真に撮って300円でどうだ?」と言われ、友達は遊びでその交渉に応じていた。

掛け声にあわせ、次々と3人ほどの若者が飛び込む。
シャッターを切るのは私の役割。
どれも綺麗なジャンプ。それがこの一枚。

細かいお金がないので彼らに500円を渡したが、案の定お釣りがないと言う。
だからそのまま500円あげる事になった。

灯台を降りようとすると、その一部始終をずっと見ていたおばさんが、今度はミサンガを出しながらもう一度買ってくれと言ってくる。
私は最後まで断ったけど、最後にか細い声で「ヒャクエン。。」と言った彼女の声が、その後もずっと耳に残る事になった。

それから、古い店が建ち並ぶ街中を歩いた。
日本人が歩いていると、みんながこっちを見る。
勝手にガイドを始めてきた人がいたので、そのまま説明させながら町を一巡した。

津波の状況を一通り説明してもらった後、最後にチップをあげようとすると、
「うちには3人の子供がいてミルクをあげたい。だからミルクを買ってくれ。」というような事を言われる。
私はよく聞き取れなかったのだけど、その状況からして、もしかしたら奥さんは津波で亡くなったのかもしれない。

そして店に連れられて、彼に指定された粉ミルクを買った。
彼は、私達にとても感謝した。
粉ミルクは、たった150円だった。

それから彼は、最後にフルーツマーケットへと案内した。
そこで試食をさせてもらい、とっても甘いマンゴやパパイヤを購入。
恐らく観光客価格で売られたんだろうけど、全部で500円もしなかった。

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その日の夜は、きちんとしたホテルで食事をとった。
現地価格に慣れていた私達は、日本と変わらぬ価格が並ぶMENUを見ながら「高い!!」と声を合わせて叫んだ。

そんな時、灯台で出会ったおばさんの「ヒャクエン。。」という声が何度も私の頭の中でリピートされた。

私達は、たまたま裕福な国に生まれた。
ここには、たまたま貧しい国に生まれた人たちがいる。

一皿2000円の食事を口にしながら、彼女のミサンガを買わなかった事が、なんだかとても悔やまれた。




photo by mamiya

ボディボード

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朝の7時に、ショップ前に集合。
朝が苦手な私だけど、でもなんでだろう。普段と違って全く苦にならない。
答えは、明白なんだけどね。(笑)

またまた運転の荒いハイエースに2時間ほど揺られて、波の状態がいいという場所へ連れてきてもらう。
運転が荒いのは、どうやらこの国の当たり前らしい。

連れてかれたその場所は、小さなゲストハウスの中庭で、すぐ目の前が海になっている。
貸切状態になっているそこには、ハンモックがヤシの木にぶらさがっていて南国チック。
個人的にはとても気に入った。

ここで私は初のボディーボードに挑戦。
1日500円でレンタルした、私のボードがこの一枚。

それにしてもこの場所は、風が爽快に吹いてきてとても気持ちがいい。
ハンモックに身を任せて目を閉じると、気づけば1時間は経ってしまっていた。

後から調べてみると、ここは一日2500円程度で泊まれるらしく、ヨーロッパ人が多く滞在していた。
次回はここへ泊まったみたいと思った。

ゲストハウスを囲む塀さえも、なんだか南国チックで素敵だ。

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南国の夕日

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目を覚ますと、強い太陽の光と清々しい青空が、ブラインドの向こうに見えた。
昨夜ホテルに着いて眠りに入ったのは、深夜2時過ぎ。
長時間のフライトでクタクタだったから、既に13時は過ぎてるだろうと思い時計を見ると、まだ10時にもなっていなかった。
遊びとなると寝起きがいいとは、私の身体も都合のいい仕組みになっているようだ。

急いで部屋を出て、朝食のレストランへギリギリで駆け込む。
太陽はまるで正午過ぎかのような強い日差しで、無防備な肌を照り付けてきた。

プールサイドには白人が寝そべっていた。
砂浜には色とりどりのパレオを広げた売り子(おばさん?)が来ていた。
やっと、自分が今、日本から遠く離れた南国にいることを実感する。

朝食後、シャワーを浴びに部屋へと戻った。
なんだかまだ肌に残っているような、湿っぽいシーツの感触を拭い去りたかったからだ。

バスタブなんかない殺風景なシャワールームで、ノズルをひねる。
・・・・・え???
み、水しか出ない・・・?
そして、石鹸さえもない??!!??!

充実したアメニティがないのは覚悟の上だったけど、石鹸くらいはあると思っていた。
シャワーも、ホットシャワー付きを確認して予約をしたのだから、きっと壊れているに違いない。エアコンも効きが悪いのは、もしかしたら壊れているだけなのかもしれない。

結局、冷たいシャワーを浴びることよりも湿った体の不快感が勝り、我慢してシャワーを浴びた。
石鹸もわざわざ買ってきた。

しかしその後、プールサイドから部屋に戻ってきたとき、たまたまルームメイキングの最中にバッティングしてしまった時の話。
そのボーイは色々な話をし始め、中には有益な情報があったのでチップをあげると、なんと笑顔で石鹸を持ってきた。それもホテルのパッケージがされている・・・。
『おい!あるんじゃないか!!てかもう遅いし!!』
心の中でそう叫んだ。

それからそのボーイは、冷蔵庫、缶切、蚊取り線香、少年サンデーと、次々とものを運んできた。

チップひとつでこんな差があるなんて・・・・。
黙って受身でいる事の馬鹿らしさを感じ、今夜ルームチェンジをしてもらうように交渉してみようと心に決めた。


午後になると、友人は二人共、ボード片手にメインスポットへ繰り出していった。
残された私にはダイビングを薦められていたけど、この国では残念ながらオフシーズン。
私はひとり、町をウロウロ、砂浜をウロウロして過ごしていた。

この写真は、その日の夕方に撮影した一枚。
子供にシャワーを浴びせている家族のシルエット。
なんだか好きな一枚だったりする。

20050429_oyako

そしてこの直後、同じようにカメラを手に砂浜を歩いていたNAWAと知り合う。
最初は「なんて日本語が流暢な現地人なんだろう」と思っていたら、どうやら今は日本の研究機関で働いているらしい事がわかる。
早稲田や東北大学など、主要大学の教授10名程と仕事で来ているとの事だから、案内人も兼ねているのだろう。

砂浜に文字を書きながら、この国オススメの観光地などを教えてくれた。
今夜、色々案内すると言ってくれたけど、明日は早かったので明日の夜がいいと言うと、明朝には彼は別の地へ移動してしまうとの事だった。
彼とは偶然にも同じホテルに宿泊していたのに、勿体無いすれ違いをしてしまった。

最後にロビーで会った彼は、大学の教授たちを紹介してくれ、私達に現地のお酒をプレゼントしてくれた。
連絡先を聞けばよかったと、あとで気づいたが、時すでに遅し。


2005.04.29_sunset

そして、暗くなるまで一人でぼーーーっと夕日を眺めた。
昨日までの不安は”面白さ”に変わり、明日への期待に心躍った。



photo by mamiya

旅初日の不安

2005.04.28_airport

空港に降り立った途端、むっとする熱気に少しやられる。
送迎してくれたハイエースは運転が荒く、眠る事で不安を誤魔化した。
深夜に案内されたホテルのベッドは、湿っぽくて先が思いやられた。

ここは津波の被災地でもある。
旅行へ行った人の話もあまり聞かない。

そんなこんなで、出発前から抱えていた不安は解消されないまま、旅初日は眠りについた。


 

photo by mamiya

箸たち

20050227_hasi

個性がないようで、個性がある箸たち。


 
photo by mamiya

職人

20050424_kamisuki.

職人技が光る紙漉き。

人間の手ってすごい。

機械では表せない価値を生み出す。

 
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陶芸

20050424_tougei

初めて電動ろくろを使った陶芸に挑戦。

何度作っても、何個作っても、
なぜか同じ失敗をし、同じ大きさになり、同じような形になる。

目指したのは夫婦茶碗。
だけどどうしても小鉢(?)になってしまう私・・・。

ふと横を見て、友人達の作品を見ると、
やっぱりみんな、似たようなものが並んでいる。

その人なりの癖が出る、性格が出る。
なんだか面白いなぁと思った。

焼き上がりが楽しみだ。
 
photo by mamiya

ビブス

20050423_basketball

試合前に、どっちのチームが着るかをジャンケンで決める。

「くっそぉ〜〜」
そう口々に言いながら、負けた方のチームは次々とそいつを着る。

試合が終わるや否や、みんなすぐに脱ぎ捨てる。
そして、コートに置いてけぼり。。。


だけどその5分後には、またジャンケンによって主が決められている。
だからいつも、色んな人の鼓動を聞いている。色んな人の体温を知っている。

そして最後は、誰かの手によって綺麗に洗われ、ひっそりと次の出番を待っている。

それが、こいつの日常。





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葉桜

20040523_sakura

春は気持ちいい。

全てが生き生きしている。

 




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嬉しいもの

20050417_flower


今日イチバン、嬉しかったもの。

 
photo by mamiya

菜の花

20050414_nanohana

photo by mamiya

夏の予感

20050414_syoubo

もう、夏を感じさせる日差し。
photo by mamiya

桜道

20050414_hanamiti

こんなのどかな風景、久しぶり。

桜と太陽の光が、はらはらと降ってくる。

 

photo by mamiya

ハンバーガー

20050408_bager

今日のランチ。

美味そう。。。
photo by mamiya

仮面

20050709_okame


疲れる。

みんな笑顔の仮面かぶって。

つかれる。

進入範囲の決まった会話。

ツカレル。

本音と見せた建前。


何を警戒してるのか、何から自分を守っているのか。

探りあいは、歳を重ねる事に上手になっていくのかもしれない。

だけどそんなの楽しくない。

だから話しててもつまんない。

どれだけ話しても平行線。

だからツカレル。。。



photo by mamiya

まちぼうけ

20041219_bard

もう、待ちぼうけはいやだ。

だからつい先に先に歩いてしまう。

人のペースに合わせるという事は、それも仕方のない事。

穏やかでいられる大きさが欲しい。

海をのんびり眺める気持ちで、いられたらいいのに。

 
photo by mamiya

花見

20050414_sakura

今日はお花見。
だけど、桜の花びらと一緒に砂埃が舞う、風の強い日だった。

もう、満開と言える桜は数える程になっていた。
今年の花見ピークは約一週間。
花の命は短いというけれど、だからこそ価値あるものになるんだろう。

『今日撮らなきゃ、次は来年になってしまうかもしれない。』
そう思うと、写真を趣味にしてまだ日が浅い私は、のんびり気長に機会を待つ事なんてできるわけがなかった。

たくさん歩いて足が疲れた。
花見の席で人と向かうより、カメラを通して自然と向かいあう方が、性に合っているのかもしれないと思ったりした。

 
photo by mamiya

夜が

20050410_flower

暖かくなってきて嬉しい。

 
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おみくじの確率

20050222_omikuji

いま、黄色のブックカバーに包まれ、
私の鞄から顔を覗かせているのは、『沈まぬ太陽』。

そこには、飛行機の墜落事故で家族を失った多くの人が描写されている。
おみくじで大凶を引くよりも低い確率で、家族を失った。
これは、現実にあった話。

バラバラになった妻や子供の手をひとつ見つけただけで、
それをむさぼるように頬擦りをしながら、涙を流す。
そんなシーンが感動的だ。
家族愛なるものの良さを感じさせる。

それを読んでいて思う。
それは、どれほど辛いものなんだろうか?

私は近しい人を亡くした経験がない。
だから、事故でなくとも身内が亡くなった感情すら、想像しかできない。
それがどれほど痛切に辛いものなのか、言葉ではいえても実感する事ができない。

どんなものなんだろう?
試しに頭の中で、大切な人を殺めてみる。
ああ、だめだだめだ。
そんな事考えただけで、罰が当たる気がするから、急いで打ち消す。

実感はできないけど、頭では考えられる。
それは、絶対にそんな事嫌だ、って事。

体感できないけど、想像はできる。
この先どうやって生きていけばいいのか、途方にくれている自分がいる事が。

そう考えただけで、とても不安な気持ちになるのだから、
きっと実際にそれを体験した人は、言葉に出来ないほどの絶望を味わったのだろう。
そう、『悲しみ』じゃなくて、『絶望』という言葉により近い気がする。

どれほど辛いものなのか推し量れない自分は、人の痛みがわからない人間だと辟易する反面、
わからない事は、とても幸せな事なのかもしれないと、思ったりもした。

願わくば、大切な人たちが、ずっと健康で笑っていられますように。
いつまでも、大吉のおみくじを引き続けたい。
 
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妥協

20050213_milk

受容れる事は大切だけど、
妥協する事は大切じゃぁない。

私にとっては。


錆びだらけで汚いと思うんじゃなくて、
錆びで味わいが出てるなぁと思えてる事。

 
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祈り

20050206_inori.

祈る事は、ひとつ。


大切な人に幸せでいて欲しいと願ってる時は、
自分の不安な気持ちなんて消えている。
その二つは共存しないから。
photo by mamiya

わたし

20050225_suraido

わたしって、
わたし自身のことなのに、
ときどきたまに、
よくわからない。

スライドみたいに、
光を照らして覗いたならば
何か見えるかな?
photo by mamiya

釣り

20041218_turi.

釣りは苦手。
下手くそな私は、まだまだ運にしか頼れないから。
釣れる時は釣れるし、ダメな時は全くダメ。
魚と私の関係は、神のみぞ知る。

最近ほんと思う。
うまくいくものは、トントン拍子でうまくいく。
やり方とか、努力とか、そんなものとは関係なく、うまくいく。

もしうまくいかなかった場合、
その後もチャンスは幾度となく到来するかもしれないけれど、
あの時トントン拍子で進まなかったという事実が、答え。
それが答え。

それだけが全てじゃないけれど、
そういうものも、あるということ。
特に人との関係は。

神のみぞ、知る。


 
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カラー

20050212_coler


色んな色がある。
そのどれも欠けてはならなくて、
そのどれもが際立っている。

今週末はとても良く笑った。

一人で楽しむ週末もいいけれど、
誰かと楽しむ週末は、その倍以上、笑っていると思う。

そこに色が添えられて、見た目にもとても楽しげになる。
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線路

20050320_tram

せーんろは続く〜よーーどーこまーでーもーー♪

道はずーーーっと続いてく。
必ずどっかに続いてく。

決められたレールじゃなくって、選んだレールにのればいい。

 




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空色ピンク

pink_sora

空が作り出したピンク色ってキレイだよね。

なんでなんだろ、なんでなんだろ。

絵の具やクレヨンで作るそれとはまた違う。

すごく優しくて、暖かくて、儚い色。

 
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クレーン

20050330_sora

今日の空。
私の最近のお気に入りは、このクレーンだったりする。
肉眼で見ると、もっと迫力があるんだから。

クレーンってすごい。
人間が何千人乗っても耐えられるビルを作っちゃう。
どんな高い場所にもバランス良く載っちゃうし、雨が降ったってへっちゃら。

今私が立っている場所も、ああやって作られたのかと思うと、なんだか不思議な気分。
どうやったらそんな丈夫なもの作れるのか、一般人の私には到底わからない。
こんな機械らと比べると、人間てなんて非力なんだろうって、思ったりする。

でも、そのクレーンを作ってるのは、自在に動かしてるのは人間。
そう思うと、やっぱり人間ってすごいのかなって、思ったりする。

良いのか悪いのかわからないけれど、すごい事だけは感じる。



 
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蕾の頃

20050320_tubomi

数年前のお話。
彼氏いない歴23年、天然キャラの友人が、男友達にこう言われていた。

「お前も早く男作れ〜。早くしないとこのまま歳取っちゃってやばいよ。」

彼女は言った。

「いいのー。私はまだ蕾なんだから。」

いつも言われてばかりの彼女が珍しく返した、会心の一撃。
周りに何を言われようと、自分を卑下しないその表現が、なんだかとても気に入った。

- 私はまだ散ってない。これからなんだ。

その前向きな思考、持ちつづけて欲しい。

彼女はそろそろ咲いたのだろうか?
まだだとしても、きっと綺麗な花が咲くに違いない。

 



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ギャップ

20041219_shower

屋内で見かけるシャワーノズルが、青空を背にしてそこにある。

シャワーノズル自体は何てことないものだし、
青空だって、雲で何かデザインされた特別なものってわけじゃない。

ただその二つの組み合わせが、私にシャッターを押させた。

私が惹かれるのは、モノにしろ人にしろ”ギャップ”だったりする。
その意外性が自分の予想範囲を超えたとき、それは途端に”魅力”に変わる。
だからギャップは楽しい。ギャップは魅惑。


自分で考える自分、人から見た自分、オフィシャルな自分、家での自分。
それら全部を、ひとつの枠内に収めようと思っていた時があった。

でももう、別にいい。
自分の中に色んな自分があって、どんな私も全部私。
全部が全部バラバラでも、自分の中のギャップも楽しむ。


 
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川原へ

20050101_suibokuga

電卓で計算すると割り切れるのに、頭で考えると割り切れてない。
おかしいな?と思う。

じゃあ別のやり方をやってみよう。

条件をひとつひとつ並べていって、点数つけて、総合点を導き出す。
うん、やっぱり悪くない。

なのになんでだろう?
自分は今、テストでとても悪い点数を取ってしまった子供の気分だ。

テストをぐちゃぐちゃに破って、どこかの川原に捨ててしまいたくなる。
本当は満点のはずの、そのテストを。

頭ではわかってるから、それはしない。
でもどうしても、そんな気分になってしまうんだ。

だから、自分を一生懸命抑える。
本当は宝物のはずの、そのテストを、
長い時間かけてやっと得る事ができた、満点を、
今の一時的なくだらない衝動で傷つけないように。
決して川原には近づかないように。
 
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南国での贅沢

20050321_lunch

私は海外旅行が好き。
特に今は、南国へ行っての〜んびりしたい。

一日中、ホテルのプールサイドで読書したり昼寝したり、
沈み行く夕日を見てぼーーーーーっとしたり。

まさにそれは、時間を無駄遣いするという贅沢。
毎日働いている今だからこそ、私にとって最大の贅沢になる。
それを体感しに行くのだ。

毎年1・2回は海外へ行っていたのに、去年は休みの都合上どこへも行けなかった。
そこで溜まったうっぷんが、G・Wを目前にした今になって溢れそうになっている。

今年は、去年の分まで企む予定。
本とカメラと水着を持って、無駄を楽しむ贅沢をしにいこう。

 
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気まぐれ

20041117_fenceyerow

感情なんてほんと気まぐれなもんで、
何でも相談してたのに、今は思い出すことさえ稀だったり、
いい子だなぁと可愛がっていたのに、ふとした事で無関心になったり、
あんなに好きだったのに、今はもう別の人を心から愛してたり。

だけど変わらないものもある。
一度でも心が通じあった人は、やっぱり自分にとって大事な人であるという事。
その人の眼をまっすぐ見れないような事は、絶対にしないって事。

感情なんて、ほんと気まぐれで、
気持ちなんて、まったく不確かなもので、
だけど変わらないものがある。
変えたくないものがある。

そこに陽とフェンスがある限り、影は変わらずある。
形は気まぐれに変わるけれど、でも変わらずそこにある事は、変わらない。


 
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素敵グッズ

20050325_tiffany.jpg

使ってるモノが変わるだけで、ちょっとだけ気分が違う。
俄然やる気が沸いてくる気がする。
私なんて、結構そんな単純なもの。

素敵なグッズで素敵に仕事しよう。
あ、ついでに素敵な女性にもならなきゃね・・・?

夕日をキラキラ反射して、綺麗だ。
ありがとう。

 

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梅の花

20050320_river

梅もそろそろ終わりそう。

華やかな桜もいいけど、しっとりした梅も好きだ。

 

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プレゼント

20050320_present

ブランドロゴが入ったプレゼントもいいけれど、
わざわざ包みなおしたプレゼントもいい。

そこには、
相手をびっくりさせようとか、
もっと喜んでもらおうとか、
そういった気持ちが込められている証拠。

わざと、色んなブランドや百貨店など、特徴のある包装紙で何重にも包んだりする事がある。
もらった瞬間、開けていく段階で想像する中味とのギャップが面白い。
プレゼントを渡してから、中味に到達するまでの過程も楽しむ、遊び心。

そんな気遣いがあるプレゼント。


 
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ペットボトル

20050223_petbottle

並んでる。

ひとつじゃなくて、ふたつだから、
なんかカワイイ。

 
photo by mamiya

ランチ

20050317_mango

毎年恒例のおたおめランチ。

予想しなかった”びっくり系”も嬉しいけれど、
変わらず続く”いつもの系”も、なんだか嬉しいねぇ。

 
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薔薇

20050317_rose


同期ってやっぱ、いいねぇ。
時間が経てば経つほど、ありがたい存在。

ありがとう。


 

 



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最後のデザート

20050316_plate

今日、最後のデザートでした。。。
photo by mamiya

ミニブーケ

20050317_bouquet

ありがとう。
ありがとうありがとう。
ありがとうありがとうありがとう。


まさか用意してくれてるなんて思わなかった。
いつも突然お邪魔しては、一休みさせてくれてありがとう。
それから、笑顔までくれて、ありがとう。




 
 
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手作りデザート

20050316_cake

手作りのデザートプレート。
フルーツ好きな私を良く知ってる!
その気遣いが嬉しいね。

 
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ケーキ

20050316_officecake.

ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう。

優しさをもらうと、自分の気持ちも優しくなる。
人が信用できなくなってた最近だったけど、ふっと和らいだ。

だったら、私がだれかに優しくすることで、その人も和らげる事ができたらいいな。


ケーキ2個は、人数分だったのね。。。
でも華やかで嬉しいわん。

 
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メガネ

20050312_megane

今日はメガネ。

眼に優しくしたいから、メガネ。

でも。

 
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ハンカチ

20050329_handkerchief


ありがとう。

このハンカチみると、忘れかけてた”女らしさ”を思い出せます。
心はいつも乙女でねん♪

 
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忘れられた・・・

20050313_baketu

photo by mamiya

白ユリ

20050311_flower

ありがとうありがとうありがとう。


当日には、きっと綺麗に蕾が開くね。
束にならなくても、ユリは凛とした存在感のある花。
一輪だからこそ、際立つね。



 
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花束

20050311_flower

ありがとうありがとう。

 
photo by mamiya

ケーキ

20050309_cake

ありがとう。
photo by mamiya

一生懸命さ

20050213_sora

一生懸命さは、志が違くとも、心を打つ。

それだけでひとつの説得材料になる。

広大な大地も、不思議と何かを説得させられる。



 
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フォーク

20050227_fork

組織って怖い。

美味しい食事を食べるための”道具”になるのか。

自分を傷つける”武器”になるのか。

見た目だけじゃわからない。

だから大人は警戒する。

 


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せいくらべ

20050101_snow

高さが違っても、積もる雪の量は同じ。

おなじおなじ。


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映るもの

20050213_cafe

13年ぶりに会ったその人は、優しい眼をしていた。
昔はメガネをかけていたせいか、私の視点が変わったのか、当時は全く気づかなかった。
思わずじーーーっと見てしまう。

まっすぐ健やかに育ってきたんだなっていうのが、伝わってきた。
13年が凝縮されてそこに収まり、そこに映っていた。

ああ、また会えて良かったなって思った。


 
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周りの景色

20040801_tonneru

ずーーーーーっと聞けなかったこと、
勇気を出して聞いてみた。

聞けなかった理由は、私が望まぬある答えが返ってきた時、どうしたらいいのかわからなかったから。
そこからどんな答えを出しても、今より辛い状況になるって、それだけはわかってたから。
だったら決断の場は、もう少しだけ先延ばしにしていたい。
あと少しあと少し。。。
そしたらいつの間にか、解決しているかもしれない。

だけどこのまま曖昧にして、自分を誤魔化しているのも違うなって思った。
目を瞑って屈みこんで、自分の周りの風景がどんなものかわからない方が、
自分の好きな方に想像できる分、逃げ道になった。

だけど想像しながらも心のどこかで思う。
本当にそこにはイメージする景色が広がっているのか?

もしかしたら、崖っぷちにいるのかもしれない。
もしかしたら、焼け野原なのかもしれない。
もしかしたら、真っ暗闇なのかもしれない。
もしかしたら、素晴らしく綺麗な花畑が広がってるのかもしれない。

結局そんな不安がまとわりつく事になる。

だから勇気を出して聞いてみた。
自分がどんな景色の中にいるのか、それだけは見ておかないとって思ったから。
想像は逃げ道でしかなくて、救いにはならない。

 
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赤信号前の決断

20040906_red

赤信号は渡っちゃいけないって判断は、小さい頃に教わった。
赤信号でも渡っちゃえって判断は、自己責任で実行した。
左右の確認、車の走るスピード、待ち合わせまでの時間、倫理、道幅などなど、
それらの情報が集まるようになり、いつの間にか自分で決断している。

ところで、元同僚と久しぶりに会って飲んでる時に、「決断できない人たち」の話を聞いた。
元同僚の今のクライアントは、大手企業。
そこの役職につく人々は、”自分の責任になるのが嫌”だから、決断をしようとしない。
どこかの誰かが決断してくれるのを待ってる、そんな感じで仕事が進まないというのだ。

一方で、最近自分に対して感じていたことがある。
それは”決断ができない”という事。
あまりにもタイムリーな話に、思わず自分と重ね合わさずにいられない。

新しい仕事に就いて間もない私には、まだ何の判断基準も出来ていない。
出すべきかどうか、どう直すべきか、どう作るべきか、どう交渉すべきか、いくらにすべきか・・・。
そういった判断をすべき状況は沢山あるのに、力強く言い切れない事をとても歯がゆく感じていた。

そんな時に、元同僚の話を聞いて思う。
自信がない。
それはイコール、失敗したらどうしよう⇒自分の責任になるのが嫌。
私の中のどっかでそんな心理が働いてたから、決断できなかったんじゃないかと思った。

確かに確実さを伴う判断をするには、まだまだ足りない事は沢山ある。
だけどそんな少ない情報の中でも”自分の考え”というものはあるはず。
それを言ってかなきゃ、仕事がつまんない。
だから責任をかぶる覚悟で、決断をしていきたい。そう思うのでした。

 
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ネットで繋がれた再会

20050121_saver

本当だったらもう会う事もなかっただろう人と、ネットを通じて再会をした。
きっかけは、彼が私を見つけ「もしかしたら?」と思ってメールをくれたことから。
広大なネットの情報の中で、よくぞ見つけてくれたもんだと、情報化社会に感心する。

彼とは、中学の卒業式以来会っていない。
ってことは、私たちの間には10年以上の空白の月日がある事になる。
その間に彼の噂などを聞いた事は一度もなかったので、一体彼がどんな成長過程を経て、どんな大人になったかは全く想像できないし、全く知らないでいる。
それはもちろん、彼にとっても同じ事だろう。

思い出話に花が咲き、何度かメールをやりとりした。
文字だけのやり取り。
モニターに向かう私の頭の中では、中学生のままの相手の顔が浮んでいる。

そうして彼は言った。
『あの頃は、とても楽しい想い出でいっぱいです。』

私の中では、既にしろ〜くモヤがかかって、あまり思い出せないでいる中学時代。
一方で、それが楽しかった思い出となっている彼。
きっと鮮明に当時のことを覚えている事だろう。

そして今度、会うことになった。
彼は『もう全然当時の面影ないですよ』という。
そう言われても、私の頭の中にはやっぱりメガネをかけてる体操着姿の彼しか思い浮かばない。
私の中ではまだ、中学生の彼のまんまだ。

きっと会ったその時に、その十数年という時の重みを、身を持って実感する事だろう。
楽しみなような、怖いような、、、、、
でもやっぱり、楽しみな気がする。

人生っておもしろいね。
いま目の前にいる人は、簡単に過去になるし、
過去になっていた人が、ふとしたきっかけで現在に戻ってくる事がある。
 
photo by mamiya

天下泰平

20050222_flagyerow

わがままを言いたい放題。
まるで、天下をとったような態度。

わがままを聞いてる方は、ちょっとうんざり。。
いつもそのわがままに振り回されている。

でも実は、主導権を握っているのは、わがままを聞いてる方。
だってその人はいつだって、”自分の意志で”わがままを聞くのをやめる事ができるから。

わがままを言っている方は、その泰平がどんな不安定なものかわかっていない。
人によって成り立たされているものだから、
いつだって、すぐにでも、”他人の意思で”簡単になくなっちゃう。

強いのは、誰かを満たす事ができる人。
与えてばかりは損じゃない。



いつも私のわがままを聞いてくれてる人たちに、ほんと感謝。
私の泰平を、ありがとう。




 
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光の差す方

20050109_footstep

何が一番大事か?を考える。
生きていく上でそれを明確にしておかないと、あらゆるところでの判断がブレる。

どうしても、比べなきゃいけない事、選ばなきゃいけない時っていうのが、人生ある。
それをしないで答えを保留にしておくと、どちらも失うか、中途半端な結論になるし、
一時的な感情に流されて決断したら、間違えた方を選んで後悔するかもしれない。

人間だから、常に正しい判断、いつも同じ決断ができるわけじゃない。
だからこそ、道に迷わないように「何が大事なのか?」という判断基準だけは明確にしておくべきかな。
例え今、真っ暗闇の中にいて右も左もわからなかったとしても、それが道しるべになるから。

光の差す方へ。

 
photo by mamiya

旗の影

20050222_flag

人生って「人」で大きく変わるよね。
死ぬときに信頼で結ばれた人が何人いるかで、
人生の幸せ量が決まってくる気がする。

自分が得したいあまりに、人を蹴落としてく人とかいるけど、
最後に人生の総和としてみたとき、それで本当に得してるのだろうか?と疑問に思う。

 

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『きみに読む物語』

20050227_book

『きみに読む物語』を見た。
何も期待せずに見たからか、とても良かった。

強い信頼関係があったり、どうしてもなぜか惹かれあったり。
そういうのって実際あると思うけど、でもその上にあぐらをかいてちゃいけない。
どんなに強固な絆があったとしても、やはりそれは双方の努力ナシには維持できないと思うから。
だから主人公の、自分を忘れられても傍にいる、愛する努力を惜しまなかった姿がとても素敵だ。

こういう夫婦になれてる人たちって、いったい世の中にどのくらいいるんだろう?
1割くらいかなって感じがする。

自分はなれるだろうか?
なりたいと思えば、なれると思う。
きっとそれは誰でも。

ただ、なりたいとさえ思わない人が、多分とても多いんだと思う。
色んなものに諦めたり、別の何かにとらわれてたり、価値を感じなかったり。
そういう人がとても多いんだと思う。

設定はベタいけど、だからこそ色々当たり前の事を思い出させてくれる。
そんなお話だ。
photo by mamiya

美空

20050226_miku

美しい里から生まれた、美しい空。

美空(MIKU)。

 
photo by mamiya

反射

20041130_retortion

「優しいね」って言われるときが、たまにある。
多分それは、私が優しいんじゃなくて、
その人が私に優しくしてくれてるって事なんだと思う。

「冷たいね」って言われるときが、たまにある。
多分それは、私だけじゃなくって、
その人も周りに優しくできてないって事だと思う。

「幸せそうな顔するね」って言われるときが、たまにある。
多分それは、その人が幸せにしてくれてるって事だと思う。

そういうのって全部、反射するから。

 


photo by mamiya

Happy Birthday to you.

cake


「人生は消費するものだ。」

そう思っていた私に、

「人生は得ていくものだ。」

そう教えてくれた友人がいた。

時間をかけて教えてくれたその教訓は、今も尚、私の中に強く残っている。

今日は、彼女の28回目のバースデー。

Happy Birthday to you.

この声が、届きますように。


 
photo by mamiya

営業開始

20050222_eigyou

やっと私の体も、通常営業開始です。

出社早々、ちょっと残念なお知らせを聞いた。
愛着のあったものが、ちょっと離れたところにいく。

私でどうにかできるかもしれないけれど、
それ以上に強力な力でどんどん流されていくような錯覚に陥る。

でも・・・・
と、そこで立ち止まって考えてみる。

私にとっては、流され奪われていくようで、悲しい事かもしれないけど、
当人にとっては、それは良い流れなのかもしれなかった。

自分基準で考えるのはやめよう。
当人にとってそれがベストなら、私にとってもベストなんじゃないだろうか。

私が願いたいのは、当人に選択権があること。当人が納得している事。

変にかき回すのはやめよう。
求められたら動く。
じゃなきゃ、「あなたの為に」という名の、ただの独り善がりの行動になるから。

 
 





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天井を見て

20041220_ceiling

今日も視界は、いつもと同じ天井。
飽きる飽きないの前に、殆ど目をつむって夢の中だから、特に問題はない。

ところで私は、蛍光灯があまり好きではない。
わざわざランプを複数買って来て、その灯りだけをつけていたりする。

本を読むとか、細かい作業をするとか、そういうのには向いてないけど、
ぼーーっとしながら、そのままうたた寝に入れちゃう感じが、なんとも好きだ。

そんなわけで、なんだか久しぶりにぼーーーっとしている気がする。
昔はよくぼーっとしてる子だと言われたけど、最近はそういう時間が少なくなってた。
いや、少なくしてた。

小さい頃に比べて、空想する事の楽しさが減ってきたんだろうか。
考えても考えても、まだ見ぬ楽しい世界ばかりが広がっていたのに、
今は「現実」というエキスを加えた事で、楽しくないものになったんだろうか。

いや、そんな事はない。

その証拠に、久しぶりにぼーっとした今、とても穏やかな気持ちでいれる。
それは、今がとても充実してるという事。

当たり前と思っちゃいけない。
常に、常に感謝しつづけるんだ。
今を形作ってくるれている、全てのモノ、人たちに。
 
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平熱

20050225_temperature

私の平熱は低い。
この前測ったら、35.1℃だった。

だから昔から、ちょっと熱があっても「まだ36.5℃だから大丈夫ね」と言われてきた。
私の平熱を知らないくせに、36℃が平熱だという先入観がみんなあるみたいだった。
だから36℃代は、私の中で「体調が悪い」部類には入ってなかった。

体調の悪さは、指数では測れないけど、
唯一「熱」は、他人と比較することができるバロメーター。

今回、私は熱が上がりつづけ、生まれて初めて救急病院へ連れてかれた。
人より1℃だけハンデがある私も、やっと「大変かも」と認められるラインまで上昇したのだ。

だけどなんでだろう。
周りが言う程、たいへんじゃぁないんだよなぁ。
「体調が悪いのね」と言われれば、そんな気にもなったけれど、飲み会行っても笑える自信もあった。

体調が悪いという態度。
やっぱり結局、それがどういうものかわからなかった。
だるさや辛さは抜きにして、やろうと思えば自分でできたりするから、
誰にどこまで甘えていいものか、考えるだけめんどくさいし。

私はやっぱり、看病されるより、してる方が好きみたいだ。
相手の負担になってるより、その方がずっとずっといいという事を再認識した。

 
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朝食がイチゴな理由

20050220_strawberries

今日の朝食は、大好きなイチゴ。
そこには、ビタミンCを多くとりなさい、という愛情が込められてる。
とっても嬉しい事だけど、これには理由がある。

どうやら私は、流行のインフルエンザになってしまったみたいだ。
これまで健康体だった私にとっては、珍しく行動を制限される事になる。

全身の関節痛と、38度を超える熱。
でも意識はしっかりしてるから、仕事はできる、と思う。
できれば会社は休みたくない。
だけども、私はもう病原菌なわけだから、人の迷惑を考えると休まないわけにいかない。

ぶっちゃけ、人の体調を心から心配してくれる人って、全体の1・2割しかいないと思う。
残りの何割かは、言葉だけで心配してくれる。
更に何割かは、人を「菌」のように見ている。

それは考えすぎとかじゃなくて、他の誰かがインフルエンザになったという会話をしている時の、ある人の反応を見ていて確信したこと。その人は言葉だけは心配してるけど、その言葉の裏には明らかに迷惑そうなニュアンスを含ませていた。

でもだからってそれで「冷たい世の中だ」とか、「みんなひどいなぁ」とは思っていない。
むしろ、それが”普通”の事だと思っている。
言うなれば、全然関わりのない他人のことを心から心配してくれる人の方が、スゴイ人だと思う。

一部の、本当に一部の身近な人たちだけが、どんな私にも優しく接してくれる。
1人でも2人でも、そういう人たちがいればそれで十分なんだ。
だからこそ私は、そういった数少ない人たちを、大事に大事に思う。
私の好物がイチゴであるという事を知ってくれてた人を、大事に大事にする。

 

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正しい方向

20050529_cube

物事を真逆から見ると、それまで思い込んでいた事実も、
全く逆に見えてくるのかもしれない。

真実が知りたい。
何が正しいのか知りたい。
それが例え、私が間違っているという結果でもいいから。

自分が悪いのかもしれない。
自分が間違っているのかもしれない。

そう思うと悲しいけれど、ちょっと楽になれる気がした。
他人を責めるよりも、自分を責めた方が、全然楽チンだ。

だから真実が知りたい。
それが例え、私が間違っているという結果でもいいから。

ここは静かでいい。
穏やかでいい。

やっぱり私は争いごとは嫌いで、
自分を殺す事でそれが維持できるなら、
それが一番いいんじゃないかと思ったりする。

 
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つよい?

20050125_nagai

この世で一番つぉいのは、

自分が正しいと信じて疑わない人かもしれない。

だけど強さっていろいろある。

私が欲しい強さは、そういうんじゃないんだ。

ぐるぐる巻きになって、周りが見えない強さじゃないんだ。



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あーーーうん。。。

20050101_aun

また熱っぽいの・・・。

うつったのかな。

家族が治ったかと思ったのにぃ〜。

もういやだ。(T-T)

神様お願い。。。

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相手のために?

20041113_tamago
私の風邪が治ったかと思ったら、今度は家族が高熱を出した。
私よりも断然辛そうだから、きっと別の菌をもらったのだろう。

喉が腫れあがって、食事どころか水さえも飲むのが辛いようだ。
おかゆやスープを作っても食べれないようで、せめてもと、
あまり美味しくはないけれど、大根や生姜をすって飲ませる。
喉の炎症をおさえ、体を温める効果があるそうな。

それでも熱は下がらず、寝るのさえ苦しそう。
だから、水タオルを首にあてたりなどをして、少しでも寝やすい環境を作る。
暖かくすれば暑苦しくて眠れないし、薄着にすると熱があがる。
本当に難しいものだなぁ。

結局、あまり眠れなかったらしく、唸り声が聞こえてくる。
その度に駆けつけるので、結果私もあまり寝れない夜となった。


今回はただの風邪だから、必ず治るだろうという希望が見える。
看病するといっても、そう長くはないとわかる。

だけど、そういう希望がない看病を続けている人たちが沢山いる。
その大変さ、辛さを考えた。

話は変わるけど、自分の子供をより上手に育てようと思って育児ノイローゼになったり、
うつ病の友人の支えになろうと思った結果、自分までうつ病をもらってしまったりという事がある。
それと、介護ノイローゼも似てるんだろうなと思った。

相手に親身になり過ぎるあまり、「どうしてよくならないんだろう?」「どうしたらいいんだろう?」
と、考え込み過ぎてしまうと、そういう結果になってしまうらしい。

それって結局、全く相手の為にならないどころか、負担にすらなりかねない。
自分の負担になってしまうという事は、相手にもそれ以上の負担をかける。
だから、本当に相手の為になるのは、ずっと変わらず同じペースでありつづける事。
ネガティブに考え込みすぎず、抜本的に解決しようとは考えず、
ある程度のゆとりをもって楽観的に対応する事が、一番よいのかなとか思った。

長期的視野で、相手のためを考えてあげる事。
相手のためを考えるって、奥が深い。

 
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かぜ

20050130_kaze

風邪をひいて、仕事が忙しくて、家族が病気して。

なんだか更新ができなかった。

風を感じる余裕すらなかったかも。

でも、新しい人たちが入ってきて、新しい風を感じてる。

それはとても気持ちいい風になりそうだ。

 

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ライヴ

kengo

友人に誘われ、kengoというインディーズのライヴへ行ってきた。

小さなスタジオには、女性ファンがぎっしり。
そういえば今日はバレンタインだった事を思い出す。
kengoは28歳になったばかりだから、そういう理由もあるのかもしれない。

ファン層は10代の女の子から50代のお母さんまでいたりして、とても幅広い。
かくいう私も一緒にいるのは、50代の外人さんだったりする。

隣に座った初対面のそのお母さんは、ファンになったきっかけを私に延々と話しはじめた。
3・4年前に男性並にハードな仕事をこなしていた彼女は、当時ストレスで精神的にも肉体的にも逼迫した状態にあった。そんなある日の仕事帰り、いつものように頭の中で悶々と思い悩んでいた所、たまたまストリートライブをしていたkengoの歌声が耳に入ってきた。「answer」の”答えは自分の中にある”というフレーズで足をとめ、「つぼみの頃」で完全に心を奪われ聞き入っていたという事だ。
それから数年たった今でも、kengoはずっと彼女の心を惹きつけ続けている。

その話は正直長かったけれど(笑)、彼女がどれほどkengoファンなのかは十分伝わってきた。
月に1回「BYG」で開催されるライブには必ず顔を出し、今もストリートライブにも足を運んでいるということだ。

人の心を惹きつけるって、難しいんだよね。
同じ曲を聴いても、その人のいるステージやタイミングによって、刺さってくるものが全然違ってくる。
それができるアーティストっていう職業は、やはり素晴らしいと思った。





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雪の中のチャペル

20050212_chaperu


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かわいいの方程式

20050212_dog

『かわいい=愛情』の方程式。

モノでも人でも動物でも、私の場合それが成り立つ。

でも女の子の場合、みんなそうだと思うんだけどな。

愛ぉしいって気持ちを「かわいい」で表現する、みたいな。

だから、かわいいものがいっぱいあるって、すごく幸せなことなんだ。
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風邪でお休み

20041113_isu

風邪でダウンしてました・・・。
風邪ひいたのって、久しぶりな気がする。

病は気から。

風邪の兆候が出てきたのは土曜日だけど、
気合でなんとか治るだろうなんて思ってたのが間違いだったみたい。

昨日は一歩も外に出ない生活をしていて、
たっぷりゆっくり布団と一体化していたのだけれど、
全然お得な気も、嬉しい気もしない。
当たり前だけど。

何でも体が資本。
やりたい事やるのも、
普通を楽しむのも、
健康な体があってこそ。

人間、不自由しないと、その自由さに気づかない。
自分がどれだけ自由で恵まれているのかにも、気づかない。

 
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エスカレーター

20050125_escalator

ずっと関係ないと思ってた。
そこには乗りたくないと思ってた。
だからこれでいいんだと思ってた。
でも今日、ついに私もこのエスカレーターに乗ってしまったんだという事を実感した。

上を見る事が指標のひとつになってくる。
見せ方が非常に重要になってくる。
自分の理念と反する事も、呑まなきゃいけない。
上る為には、自分の我侭通す甘えは許されない。

だけどあえてチャレンジしたい。
あの人も、とっくに到達している事だから。
自分を成長させたい、可能性を試したいと思ったのではなく、
単に私も同じ世界を見てみたくなったのかもしれない。
同じモノサシで、自分を測ってみたくなったのかもしれない。

せっかくのチャンスはモノにしたい。
こういう時に負けず嫌いな性格が顔を出す。
これからもっと、自分を律していかないといけなくなる。
だけどそれは変わるのではなく、新しく作り出すという事。

もしかしたら、君の好きな私じゃなくなるかもしれないけれど、でも変わるわけじゃないからね。
ちょっと上を見てくるよ。
そして、ちゃんと話すから。

 
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懐かしい風

20041202_kage

懐かしい風が吹く。
なんで、”懐かしい”って思うのかはわからないけど、
遠い記憶の中でこの風を知っているような気がする。

きっと、子供の頃の楽しい想い出と、セットで記憶されてるんだろうな。
だからその風を感じて、理由もなく幸せな気持ちになるんだろう、と思う。

右手にお母さん。
左手にお父さん。

天気のいい日にそうやって並んで歩くだけで、
幸せだった日があった気がする。

とぉーい記憶でしか覚えてないけれど。
 

 
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平日の時間

20050101_kanki

昨日と変わらない一日のはずなのに、
平日の時間の流れって、なんだか違う。

少し得した気分になって、
昨日よりも沢山の事ができる気がする。
いつもできなかった事にも手が伸ばせる。

でも時間の流れなんて、平日だろうか休日だろうか変わるわけがなくて、
結局それって意識の問題なんだけどね。

でも、やっぱり今日は得をした。
「ただいま」を言う前に、こんな綺麗な夕焼けが見れたから。
「おかえり」が言えて、こんなにも喜ぶ顔が見れたから。

寒気が入ってきています。
みなさまお体ご自愛ください。

 


 
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ペンギン

20050130_penguin


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信頼と大根の関係

20041219_radish

人間関係において、信頼が一番大事だと考える私にとって、
信用できなくなる事ほど、辛い事はない。

信じたいのに、信じる事ができないとき。
信頼してたのに、それがなくなったとき。

頭では信頼したいのに、心が信頼できなくなっちゃう。
そんなの私だって嫌だけど、こればっかりは自分じゃコントロールできないこと。
信用しないんじゃなくて、”できなくなる”の。

信頼がなくなったら、その関係はもう終わり。
終わらせたくなくても、死んだ関係になるだけ。
その事は、痛いほどわかっているつもり。

だから今、とても怖い。
無条件で信頼できる大事な大事な人間を、一人でも失いたくないから。
私は黙って経過を見守るだけだけど、自分の中の変化を予感して、今とても怖い。

どうか、完全に干上がる前に救い出してくれ。
信頼と大根の関係は、とても複雑。




 
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おかげさま

20050101_light

何にでも「おかげさま」という気持ちが、
自分を成長させ、周りも幸せにするのだと思う。
自信もとても大切だし、同じくらい謙虚さも必要。

夕日のおかげで、穏やかな気持ちをもらえるし、
電灯のおかげで、暗い夜道も安心して帰れる。

彼のおかげで、仕事を頑張れるし、
彼女のおかげで、笑って過ごせる。

そして、みんなのおかげで、私は幸せ。
だから何かを返したい。そう思う。

ほんと、いつも、おかげさまです。
 




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自分が作る”道”

20041104_story

思考と行動はリンクする。

だから、ネガティブなことばかり考えてると、実際そうなるし、
ポジティブに考えてれば、おのずと良い方向に向かっていくと思っている。

それは「神は見てる」とか、「信じる者は救われる」とか、そういう他力本願な迷信的なものではなくて、
思考は潜在的に行動にも影響を及ぼしてると思うから。

とはいえ小心者だったり、ネガティブである事が一概に悪いともいえなくて、言葉を変えれば”慎重”だったり”リスクを予測できる”人だともいえる。
だけどそれだけじゃやっぱり悪い方へ流されるだけだから、同時にその対処法も考えればいい。

時には、対処法がない問題に対して、どうしてもネガティブな思考から抜けられない時だってある。
そういう時は、例え思ってもない事だったとしても、あえて前向きな言葉を口にしてみる。

要するに、自分が成功する為に歩むべき道を、強くイメージすればいいってだけの話。
人は無意識に、自分が作り上げたストーリーの中をなぞるように歩んでいる。
だから、常に前向きである事や、笑っている事が大事ってことなのだ。

ネガティブな自分を受け入れた上で、ポジティブに考えよう。

 
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古さの温もり

20050125_rouka


この廊下には、木が醸し出す温もりがある。
古くなればなるほど、味わいが出てくる。温かみが増す。

でもそれはきっと、ただ古いだけじゃダメで、
長い時間をかけて、大事に使われてきた古さだからこそ、この深みがあるんだと思う。

人も、どれくらい大切に時を重ねてきたかが、深みや味わいとなって見えてくるようになる。
持って生まれた形状なんかは関係なく、雰囲気や質感が隠せないものとして現れるようになる。

なんでだろう。
不思議だなぁ。

最近つくづく思う。
自分の5年後10年後って、一体どんな風になってるんだろう。




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集中

20050124_isu
集中して仕事するのって気持ちいい。

無駄を省いてくのって楽しい。

やっぱ仕事は好きなんだな。

さて、帰るぞ。
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平行線

20041109_tether

全く考え方の違う者同士がいくら”主張”しあっても、永遠に平行線。
そんな者同志が認め合うには、共に相手を受け入れる姿勢が必要になる。

ばんざーい!の姿勢で、両手を広げて待っていること。
リラックスして、お互いがお互いを受け入れること。

けれどもう一方が武器を構えたままならば、
結局最初に体を張って丸腰になった方が痛い思いをする事になる。

片方だけが両手を広げて待っていても、認め合う事はできない。
決して一人ではできない事。
だから難しい。

認め合う事よりも、
認める事の方が簡単で、
認めてもらう事よりも、
認める事の方が簡単。

でも何よりも、一番勇気がいるのは認める事。
最初の一歩は勇気から。
それがないと、認める事も、認め合う事もできない。

簡単だけど、勇気がいる。

 
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巻かれるもの

20050130_turu

長いものには巻かれろ。

でも、一番長いものは、自分の人生だったりする。

逆らう必要はないけど、自分を曲げる必要もない。

 
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ニコール・キッドマン

20050121_NicoleKidman

ニコール・キッドマンが来日し、ランチタイムに近くのビルまで来るという。
生で見れるという驚くべきニュースに、社内がにわかにニコール色に染まった。

会場は人・人・人の波。
見る事ができた同僚は感激し、ニコールの素晴らしさについて語った。
社内メールでは部署を超えて、ニコールの写真が飛び交った。

世界的スターの彼女。
たったの10分で、こんなにも多くの人を沸き立たせる事ができる彼女。
すごい事だ。

けれどもそんな彼女もきっと、万人に好かれているわけではないんだろう。
どんなにすごい人でも、綺麗な人でも、全ての人に好かれるなんて、無理な話。

人の目を気にして自分を変形させるより、
相手に合わせて自分の色を変えるより、
自分らしくありたい。
自分色を追求したい。
そう思う。
 
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見えてきた景色

20050101_sunshine

愚痴って、吐きまくって聞いてもらってすっきりする。
でも、それも一瞬だけの事。
瞬間的なストレス発散。

次の瞬間には、愚痴を言ってばかりの自分が嫌になるし、
結局問題の根本は解決しないわけだから、
今後も悶々としたストレスを抱えたまま過ごす事は、何も変わらない。

小さな事でも、
どんなに小さな事でも、
この状況を改善する為に努力できる事があるならば、
それだけで前向きに過ごす事ができる。

やっぱり何かに向かわないとダメなんだなぁ。
どんなに小さな事でもいいから。

それだけで、暗闇がこんな景色に変わる。


 
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静かな心

20050109_take

目の前じゃない、上を見ろ!

そして、竹のように静かな心を保つんだ。

私が拘るべき所はずっとずっと先にあるものなんだから。

 
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シンプルさ

20041218_bridge


どんなに複雑な問題にぶつかっても、

どんなにテクニカルな解決策を思いついても、

考えれば考えるほど、行きつく先はシンプルだったりする。

 
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しがらみ

20050117_connector

週末は、”しがらみ”について考えた。

人間は、生きていく過程で沢山のしがらみを背負っていく。
社会というひとつのルールの中で生き、守るべきものがあるわけだから、それはあってしかるべきもの。

だけどそこには、背負うべきしがらみと、そうでないしがらみがある。
そうでないしがらみとは、自ら作り出している不必要なしがらみ。

ただでさえしがらみなんて多いのに、名誉や地位、プライドから沢山しがらみを作り出してる人は多い。
別にそれは悪い事じゃぁない。
だけど、それにがんじがらめになって動きづらそうな人を見ると、「自分で自分の首を絞める」とは、まさにこの事なんじゃないかと思ったりする。単純に、大変そうだなぁって見てて思う。

しがらみを持つのは悪い事じゃない。
だけど何かを得る為に自分に課したしがらみが、結果的には目指した方向と真逆にいってしまっている事もあるんじゃないかと思った。苦しむだけ苦しんで、それは何も生み出さない。それって不幸なことだなと見てて思う。

自分のそのこだわりが、自分が選んで作ったしがらみである事を理解しているってだけでも、もっと生きるの楽なんじゃないのかなぁ。

意外に自分が抱えている殆どの”しがらみ”や”こだわり”は、捨てちゃっても問題ないのかもしれない。

シンプルに生きるって、そういう事なんじゃないのかなぁ。


今日は説明が上手くできない。



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キレイ・ゴト

20041130_bin
ここに色とりどりのドリンクが沢山ある。
どれを選ぶか?って聞かれたときに、飾りにするのじゃなくて飲むのだから、
綺麗な色をしたドリンクよりも、美味しいドリンクの方を私は選ぶ。
それを言えば、きっと誰もが納得はしてくれるんじゃないだろうか。

私は恋人を選ぶときに、容姿よりも中味を重視すると言った。
容姿が良い事はもちろん大歓迎だし、+αにはなる。けれども、−にはなる事はない。
長く長く一緒にいる相手なのだから、顔がよければ見慣れるし、悪くても可愛く見えてくるものだと思っている。だから何よりもフィーリングが重要なのではないかと思う。お互いを思いやりあえるかどうかなどの方が、生きていく上でよっぽど重要だと思っている。

とはいえきっと、無意識に自分の美意識が働いて、選別をしてるのかもしれなかった。
だから私が言っている事は、ただ自分をわかってないだけのキレイゴトなのかもしれない。


昔付き合ってた人が、自分の体型の変化を気にしてよく「痩せなきゃ、運動しなきゃ」と言っていた。
そんな彼は、日常会話の中で度々私に同じ質問をしてきた。
「俺、太った?」と。

そしてある日、いつものように同じ質問をされたので、私は思った事を正直に答える。
お腹の部分がどうのとか、全然変わらないだとか、顔が丸くなったとか。
そしてその日に限って、いつも聞かれる度に思っていた事を付け加えた。
「でも私は、そのまんまで全然いいと思うよ。」と。

そうしたら彼は真面目な顔でこう言った。
「お前は俺がカッコよくなってモテるのが嫌だからそう言ってんだろ。カッコ悪い方が安心なんだろ。」

一瞬言葉を疑った。
そう言う彼の表情を見て、私は冗談なのかどうかを探ろうとした。
でも、どうやら彼は本気でそういっているらしい事がわかる。

私は思わぬ答えにショックを受け、絶句した。
私が言いたかったのは、あなたがどんな姿になっても、私の気持ちは決して変わらないという事。
例え太っても、私の愛しい人である事は一緒にいる限り永遠に変わらないという自信があるという事。

だから彼自身の美意識が太る事を許さないのであればそうすればいいし、それは止めない。
だけど私は、そのまんま丸ごとあなたが好きなんだよって事が言いたかっただけ。

だけどそんな私の気持ちは伝わらずに、彼は全く違う意味で言葉を捉えた。
それは裏を返せば、彼が私の事をそういう風に思っていたという事でもあった。

私はそれに気づき、とても悲しかったけど、それ以上はもう何も言わなかった。
だって、きっと何を言っても伝わらないと思ったから。
私のことをそういうフィルターをかけて見ている限り、何を言っても理解はされないだろうと思ったから。


それから数年の月日が流れた今日、友人の言う”恋人に求める条件や容姿”の話を聞いていて、自分の言う事はキレイゴトとしか捉えられないんだろうなと思った。
いや、もしかしたら本当にただのキレイゴトなのかもしれなかった。

そして、一昔前のそんな出来事を思い出し、また少し悲しくなった。
きっと、何を言っても理解はされない。
だから私は、もう話す事を諦めた。

ドリンクを選ぶ理由ほど、簡単に納得してもらえればいいのだけれど。








 



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中途半端なテーブル

20041123_table

それは休日の昼下がりのお話。
街の裏側にあるその小さなCAFEには、私と一組の恋人同志がいるだけだった。
とくにやる事もなく、ぼーっと物想いに耽っていると、二人の会話が耳に飛び込んでくる。

恐らく二人の付き合いはそこそこ長いのだろう。
まったりとした店内の空気に馴染みつつも、リズムよく刻まれる会話は暖かい空気を醸し出していた。

私なんかより随分前からいたらしいその二人は、
私が注文したばかりのヨーグルトジュースを口にしようとした時には、もう席を立って雪が降るかもしれなかった寒空の中へ消えてしまった。

そしてあとには、二人の楽しい会話の痕跡だけが残っていた。

外から差し込む陽だまりのせいなのか、二人の仲睦まじい雰囲気のせいなのか、二人が去ったそのテーブルは、なんだかとても優しい印象を私に残した。

綺麗に片付けられているわけでもない、かといって汚く食べ散らかしたわけでもないそのバランスが、ちょうどいい。

中途半端さって、時に人に優しさを与える。
そのままでいいんだよって、なんだか全てを許してくれてるような気がする。

誰もいなくなった店内で、そんな事をぼーーっと考えていた。

完璧になれなくたって、いいじゃん。
そんな自分も、時には優しく許してしまおう。

 
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馬鹿

20050117_doll

「女は馬鹿でいた方がいいのよ。」

これは私が大学生のとき、仲の良かった女の子が言っていた言葉。
その時、「なるほど、そういう考えもあるのか〜」って思った。

仕事を始めてからも、時々それを思い出す事がある。
男女平等というけれど、賢く見せて得することって、実はあまりないのかもしれないな。
人を疑心暗鬼にさせたり、警戒させたり、近寄りがたくさせるだけ。
だからそれに気づいた本当に賢い人は、きっととっくに実践してるのだろう。

実は、賢く見えるあの人よりも、馬鹿っぽく見えるあの人の方が、
あなたより一枚も二枚もうわ手なのかもしれない。

見た目だけじゃ、その人の何もわからない。



 
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自然の不思議

20050101_sunshineclag

何層にもなった雲は、綺麗な色のグラデーションまで見せてくれた。
あまりにも幻想的な光景に、思わず目を奪われ、シャッターを押す。

話は変わるけど、
とある人から、去年のクリスマスに本のプレゼントをもらった。
思いもよらないサプライズにびっくりしつつ受け取ったその本は、
童話のような表紙をしたパウロ・コエーリョの本。
宝物が待つという夢を信じた少年が長い旅に出るという、とてもシンプルなお話。

ちょっと遠くへ来ただけでこんな雲が見れるのだから、
世界を旅した主人公の少年は、更に多くの絶景や不思議と出会っているのだろう。

まだ半分も読めていないのだけれど、
この本にはたくさんのメッセージが込められている。

現時点で私がキャッチしたメッセージは、以下の4点。

[1]人生に無駄なことはない。
 遠回りに見えても、それは必ず後に身を助く形となって現れる。

[2]夢を見てるだけで終わるか、実現させるか、
 それは今すぐやろうとするかどうか(可能と思うか不可能だと思うか)の、小さな意思の差だけである。

[3]目的があれば(考え方次第では)怖いものも、怖くなくなり楽しみへと変わる。

[4]普段の当たり前の生活でも、得ている事は沢山ある。
 ただそれに気づくか気づかないかだけである。

みたいな事。

ああ、、、、しかし結論だけこうやって文章にしても、すごく陳腐だな。
物語を読んで、そこから感じ取っていく方が、こういうのって染み込んでいくものなんだなって思う。
答えをあげるよりも、ヒントをあげて考えさせる方が、実は親切なのかもしれないね。

最近思うのは、色々いろいろ考えて悩んで悩んで行き着いた結論って、意外にシンプルだという事。
それこそまさに、「隣人を愛しなさい」みたいな、昔から良く聞くような単純明快なものだったりする。

やはり教科書に書かれてたり、昔から言い伝えられてる事って、あらゆる人が既に考え尽くしてきた結論だけあって、それって真実であり、全ての答えなんだよね。

だけど答えだけ聞くとあまりにも実感がわかなくて、どうしてもキレイゴトに見えてしまう。
だからやっぱり、人間は壁にぶつかって、悩んで、失敗を繰り返さないと、実感を伴った結果が見えてこないんだろうなって思う。そうじゃないと実践もできないしね。

そんな風に考えた今日この頃。
さて、ラストまで読んだらどんな感想へと変わるのか、楽しみだ。


 

  
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20050101_sora

空は、広く、青い。

今日は、君の好きな空にしてみたよ。

この空は、好き?

これで少しでも息抜きになれればいいのだけれど。

 
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ビルに映るビル

20041117_bill


一体いくつになるまで、ここで暮らしていくんだろう。

ビルに映るビルを見る。
それが私にとって、当たり前の風景。
ちっとも珍しくなんかない、日常的な風景。
だからカメラが惹かれるのは、いつも非日常である自然ばかりだった。

ある人が言っていた。
「東京が普通だと思わないで下さい。東京が”特例”なんです。」

そうか、私が見ている風景は、
いつでも簡単に”当たり前”じゃなくなる事ができるんだ。

一体いくつになったとき、この風景を懐かしむようになるのだろう。


 




 
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光色の雪

20050101_yukihi

私には、夢がある。
でもそれは、数年前は具体的実現なんて考え及ばないような夢だった。
ただの夢、ただの希望。目標でもなんでもない。それはただの空想。

なぜなら、とてもとても難しい事を知っていたから。
その夢を叶えるためには、複数の努力と、2つのラッキーと、1つの成功が最低限必要になってくる。

そして2つのラッキーが、私の上に舞い降りてきた。
あとは複数の努力をし、1つの成功を手に入れる。
そこでやっと初めて、夢の完成形へと向かう事ができるんだ。

そして今日、1つめのラッキーと会ってきた。
そう”ラッキー”とは、この人と出会えたこと。
人との出会いばかりは、望んでも努力しても得ることができないから、
私はそれを”ラッキー”にカテゴライズしている。

言葉が通じない。
信頼関係も浅い。
まだまだ脆い人間関係だけど、あとは努力でより強固なものにしていくしかない。

やっぱりまだまだ遠い道のりだけど、「叶うかもしれない」という光が見えてきただけで、数年前を思うと奇跡的に嬉しいことなんだろうと思う。光に照らされて、真っ白な雪がほのかにピンク色に染まっているように、私の心も希望の光によってピンク色に染まっている。

2年後には、夢の実現がより鮮明に見えてくるだろう。
私の苦手な長期戦になるけれど、奇跡的な”ラッキー”は手に入れた、あとは努力だ。
もっと強い光に、もっと輝く光にしていこう。


 
photo by mamiya

トマトへの気遣い

20041113_tomato

トマトをカットする。
食べやすいように、一口大が基本。

たまねぎをじっくり炒める。
最初はサラダ油で。バターは後からがコツ。

野菜をことこと煮込む。
焦らず急がず、ゆっくり煮込んで旨みを引き出すのって結構大事。

料理って、ほんの少しの手間を惜しまない気遣いだったり、
ちょっとしたポイントを押さえるだけで、断然美味しいものになる。

植物を育てる事だったり、掃除だったり、仕事だったり、人付き合いだったり。
そういうのも全部、ちょっとした気遣いとかが後に大きな差を生む。

難しいようだけど、簡単。
簡単なようだけど、難しい。
トマトへの気遣い。




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今日の夕焼け

20050107_sora

今日は優しい橙色でした。

 
photo by mamiya

抱負

20050101_bell

今年の抱負を考えていた。
すると欲張りな私は、ひとつ、更にひとつと追加されていき、今のところ7つもの抱負がある。
でも内容は内緒。

1年前は何を考えていたかなぁ?
そう思い、メールボックスを検索して、去年の抱負を探し出す。
その時はきちんと抱負を考えていたわけではなく、友達との会話で漠然とした希望を話していた。
そして、その漠然としたひとつの抱負は、何だかんだと達成していたのでびっくりした。

それからそのメールの最後に、こんな一文が書かれていた。
『今年はきっと楽しいぜ。いえい。』

そして、その通りになった。
だから私は、今年もまた言う。

きっと、今年はもっと楽しい1年になるに違いない。
たくさん笑って、たくさん愛する年になるだろう。
いえい!

 
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光と光

20041130_bulb

私の楽しかった話を、楽しそうに聞いてくれる友達がいる。
ニコニコした暖かい笑顔で、耳を傾けてくれる友達がいる。

「どうしていつもそんな楽しそうに聞いてくれるの?」と聞く。
「聞いてて楽しいし、自分のことのように嬉しいよ!」と言う。

その笑顔と、その言葉で、私は更に更に幸せな気持ちになる。
光と光が合わされば、より大きな光を生み出すように。

幸せを増幅させてくれる友達。
人の幸せを素直に喜べる友達。
大事な友達。ありがとう。

  
photo by mamiya

表現

20041105_redline

なぜだろう。
人を恨むと、自分も傷つく。
人を愛すると、自分も満たされる。

なぜだろう。
人を疑うと、裏切られる結末になる。
人を信頼すると、絆が生まれる。

人間関係において、駆け引きとかそういうのって、いらないと私は思っている。
自分の中に生まれたこの暖かい気持ちや、信頼や感謝を、どうやって表現し伝えていくか。
そっちの方が大事なことだと思う。

いつも隣にいる人や、見守ってくれてる人、支えてくれる人や、暖かい言葉をくれる人、私を信じてくれる人や、一緒に笑ってくれた人、そういった人たちみんなに、抱きしめて「ありがとう」と言いたい。

だけどなぜだろう。
言葉にすると、とっても陳腐になる。
言葉はあくまで、手段の一つに過ぎないと知る。

一体、どんな表現方法があるんだろう?
せっかくだから、溢れてくるプラスの感情は、どんどん発信していきたい。
この伝えきれないもどかしさを、自分なりの形で伝える事で消化していきたい。

写真は、永遠に続くかのような光の線が、とても綺麗だったから。
まるで未来は明るいよって、そう教えてくれてるかのように見えたんだ。
だから思わずカメラを向けた時のその感情は、写真じゃなかなか表現できないなぁ。
何においても、表現するって、ほんと、難しい。

 
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東京タワーが見える家

20050103_tower

東京タワーが、ここからは見える。

今日は彼女の52歳の誕生日パーティー。
みんなでCAFEに集まって、飲んで食べて、ケーキのロウソクを消して、バラの花束をプレゼントした。
その後、彼女たち夫婦のお家へ移動した。

そこのベランダからは、目の前に東京タワーが見える。

ぼーっと景色を眺めていると、テーブルの上にワインとチーズが用意されていた。
近所のボヤで消防車が集まり、ベランダから上下どちらを見ても、赤い光が目に飛び込んでくる。
友人が空に向かって大きな声で陽気に唄う歌声が、夜空に響いた。

部屋のカーテンを開ければ、東京タワーが顔を出す。

リビングのテーブル中央には、いつもチェスが置いてある。
初めてトライする私に、彼女は片言の日本語と英語を交えてルールを説明してくれる。
そして私は勝利したけれど、恐らく間違えて理解したルールを黙認してくれた優しさのおかげだろう。

朝になった。

タクシーの中から外を見ると、目の前に東京タワーの足元が見えた。
やっぱりあのベランダから見る東京タワーが、一番好きだなって思った。
多分そこには、位置関係だけじゃない、もっと別の理由がある事は間違いないだろう。

完。

 
photo by mamiya

新年

20050101_snow.

あけましておめでとうございます。

今年もどうぞどうぞ、宜しくお願いいたします。



20050101_snowbowl.

小さな男の子が作っていった雪うさぎ?
アップにしても、引いて撮ってもとても可愛くて、
何枚も何枚も写真を撮ってしまいました。

 
photo by mamiya

大晦日

20041230_bowet

2004年は、とても充実した1年になった。
同時に、人の出入りの激しい年でもあった。

まず、大切な人を二人、失った。
今の私の人格形成に、大きな影響を与えた二人だった。
私はどうする事もできず、悲しい気持ちで見送る事しかできなかった。
二人のいなくなったガランとした心で、私は沢山のことを考えた。
そうやって最後まで二人は、私に刺激を与え続けた。

また、新しい出会いが沢山あった。
いずれも一時的な出会いではなく、今後も続くんだろうなって思える出会い。
私の喜怒哀楽に影響を与えることができる人達になっていくと、そう予感させる。
みんな魅力的で、誠実で、真っ直ぐで、一生懸命生きている人達ばかりだった。
これからどんな形になっていくのか、ゆっくりと時間をかけて育んでいきたいと思う。

そして、大切な人に二人、気づいた。
お互い何を意識する事もなく、気づいたら近くにいたってだけの存在。
そしてそこには、時間という強力な後ろ楯のある”信頼”が生まれていた。
私はこれまで考えてきた事の全てを駆使して、二人を大切にしようと思った。
二人は、大きな刺激を与える代わりに、未来へと続く安らぎを私に与えてくれた。

今年、私が笑って過ごす事ができたのは、全て、すべて”人”のおかげ。
人によって考えさせられ、人によって救われ、人によって今の私がある。
本当に今年関わった多くの人には、感謝している。

生かすも殺すも自分次第の人間関係。
これからも、誠意をもって付き合っていきたいと思う。

みんな、ありがとう。
そして、来年もよろしく。

photo by mamiya

20041219_daikon
photo by mamiya

海辺の夕焼け

20041218_sunshine

これくらいの時間に、
ぼ〜〜っと空眺めてるの、好き。

全部が黒いシルエットになる。

 





 
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竹林

20041225_bamboo

毎朝、通勤の途中で、必ず小さな竹林の横を通る。

いつの季節でも、変わらず綺麗な色を見せてくれる竹林が、私は好きで、
いつも変わらず、そこに佇んで私の目を楽しませてくれている。

- いつも、変わらない姿で、そこにいる。

これって、究極の優しさかなって思ったりする。
相手がどんな状態になったとしても、自分はいつも変わらずその人の傍に居続けること。
いつも変わらずそこに居て、いつもと同じ笑顔で、いつもと同じ話をする。
そうやって一定でありつづけることは、人に安心を与えるんじゃないだろうか。

この竹林を見てほっとする気持ちも、きっとそこから来てるんだろう。
そんなことを考えた日。


それにしても、最近うまく文章が書けない。
心が整理できてない時は、ちゃんとまとまった文章書けないなぁ。
写真も、何がいいのかわからない。

いつもと違う自分に、理由がわからなくて、不安になる。

 
 

photo by mamiya

足跡

20041219_footmark

「おお、魅力的な人だ。」

出会った時にそう思って、その人に興味を持つ。
だから会いたいって思う。もっと話したいって思う。

だけど、会うのが当たり前の関係になれるかどうかは、まだわからない。
お互いが求め合ってこそ、自然とそういう関係になっていけるのだと思う。
だから、こっちが無理して会うようにしている段階では、その関係は長続きしない。
それに気づいた時、私は失恋の心境で、連絡を断つ勇気を持つ。
残念だけど、それが現実。

そして一方で、意識しなくても自然と一緒にいる関係というのもある。
強く求め合うわけじゃないんだろうけど、気づけば何だかんだと連絡をとっている。
この関係は、無理がないからとても心地いい。
そうして時間と共に、徐々に私にとって大事な存在になっていた事に、ある日気づく。
不思議だけど、それが現実。

だからやっぱり、恋愛だけじゃなく人間関係も、一方通行じゃ成り立たないなぁと思った。
もしかしたら、これが相性ってやつなんだろうか。
私の大切な関係は、そんな沢山の足跡の上に、築かれていく。

 

 
photo by mamiya

月とツリー

20041225_tree

寒い中、みんな寒いのに、わざわざ外に出てツリーを見る。

うん、こういうのも悪くないね。

 
photo by mamiya

Merry Christmas!

20041201_Poinsettia


あまり考えてなかったとはいえ、
やっぱりクリスマスの雰囲気を感じると、ちょっとワクワクしてくる。
明後日には街は一変して、お正月モードに切り替わってしまうので、
最後のイルミネーションを存分に満喫したいなぁって思う。

今年はいいや、来年こそは、、、って良く聞くけど、
この年齢で迎えるクリスマスは、一度きりしかないんだなぁと思うと、ちょっと感慨深い。

18歳のクリスマス。
20歳のクリスマス。
23歳のクリスマス。
25歳のクリスマス。
27歳のクリスマス。

全部、一度きりしかない。
もう二度と、戻ってくる事はない。

それは、クリスマスだけじゃなくって、誕生日だってバレンタインだって同じ事。
そして、春も夏も秋も冬も全部、一度きりしかない。
そう思って過ごすようになると、とても季節が愛ぉしくなる。

今この会社で働いている事も、いつか懐かしく思い返す日が来るんだろうな。
そう思うと、何もかもが愛しくなる。

みんな、素敵なクリスマスを!
Merry Christmas!

 
 
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恋心

20041113_heater

どうやら私、恋しちゃったらしい・・・。

「あ。」と思ったのは随分前の事なのに、今更やっと自覚した。
もっと話したいなぁ。どんな事を考えるんだろう?ってそう思う。

だからといって、積極的に動けないのが私。
誘う勇気もないし、やっと誘えてもそれだけでいっぱいいっぱい。
かといって、大勢いる場で会えたとしても、話し掛ける事すら出来ない。
かなりの小心者・・・・。

そのうちまた会う機会はあるだろうから、いつか自然と仲良くなれればいいかなって、気長に考える。
そしてそういう風に思える人と出会えたってだけで、満足しちゃうところもある。
だから当然、私の恋は成就する可能性が非常に低い。

彼女に出会った当初は、女性にありがちな対抗心とか、そういうくだらないものがないから楽な人だなとは思ってた。
だけどある時、彼女の一生懸命な姿を見て、それに心打たれた。
この人、信用できるなって感じた。
それが「あ。」と思った瞬間。

そう、なんと恋の相手は女性だったりする。

私はよく同性に対しても「恋した」という表現を当てはめる。
それは、その人に対する心の動きが、異性に対するそれと非常に似てると思うから。

よく本気で好きになれななるほど、簡単には口説けないっていうけど、本当なのかもしれない。
私は気になればなるほど、その人に対して消極的になる。
本人を前にすると、自信のなさが前面に出て、臆病な私が顔を出す。

その人間性の高さ、精神力の強さの前では、自分はとてもちっぽけな存在である事を実感させられる。
そうしてやっぱり、そんな人がこの世にいるってだけで、満足しちゃうんだよね。
 
photo by mamiya

私の、ストーブ

20041113_heater

何をどう考えて行き着いたかわからないけれど、
今朝の電車の中で、自分を支えてくれている存在に感謝した。

もちろん、相手は私を支えてるとか、そんな意識はさらさらないんだろう。
だけど結果的に、そこで私は暖かいものを沢山もらっているんだから、
私にとっては感謝したい存在である事には違いない。

長い間お互いを知っていて、信頼関係が自然と構築されている関係。
お互いの存在価値を認め合っていて、良い所も悪い所も受容しあっている関係。
気を使わず、ありのままの自分でいる事ができる関係。

そんな風に、無防備になれる相手が、私にはいる。
本当にありがとうだ。

ふとそう思うと、私はどうしてもそれを相手に伝えたくなる。
だけど地下鉄だったから、メールを送るのは一人が限界で、ギブアップした。

相手が自分をどう思っているかはどうでもいい。
ただ私は、あなたといる事で笑顔でいれるんだという事を、伝えたい。
寒空の中、ストーブでほっと一息ついた時のような、安心と暖かさをもらっている。

私の、ストーブになってくれてるみんなに、感謝。


 
photo by mamiya

見た目と現実

20041202_waterborneleaf

私は、楽しさ、嬉しさの表現力に比べて、
辛さ、悲しさを表現する事が下手だという事を知らされた。
見た目と現実に、ギャップがあるっていうこと。

勿論、辛い事があれば誰かに聞いて欲しいと思う。
親友には、ありのままの自分の気持ちや状況を知っていて欲しいと思う。

だけど混沌とした状況で話すと、話の結論があらぬ方向に着地してしまいそうで怖いから、
ある程度筋道立てて、どうしたらいいかの手段も複数考えてから話すようにしている。

だけどそれが、ある人から言わせれば「辛そうに感じない」との事なのだ。

前にも書いたけど、私はお腹が痛くても「痛い」と言えない子だった。
具合悪い顔をする事で、相手に気を使わせるのも嫌だったし、相手の気持ちまで暗くしてしまうのが嫌だったからだ。

だから辛い事があった時には、一人で考えているか、ポーカーフェイスを崩さないまま黙って誰かの傍にいた。
そしてある程度笑って話せるようになった時に、誰かに話したり、相談にのったもらったりしていた。

それが結果的に、楽しいや嬉しいという感情表現に比べ、悲しいや辛いの感情表現が乏しい原因となったのだと思う。

「話を聞いてても、辛そうに感じない」

さっくりとそう言ってくれた彼女に、私は感謝したい。
だってそれは、自分ではなかなか気づけない事だったから。
photo by mamiya

奪取

20041103_dasyu

誰かから何かを奪おうとするとき、人は、最も嫌な顔になる。

それは「一生懸命」という言葉で片付けるのなら、とても綺麗にまとまるのかもしれない。
けれども自分の欲求を満たす事で、誰かが涙を流す事になるのも、事実。
だってそれは、ひとつしかないんだから。

人から何かを奪ったら、いつか自分も誰かに何かを奪われる事になる。
そんな化学で証明できないキレイゴト 信じるわけじゃないけれど、
ただ人から奪うと同時に、自分の中の何かも奪われていく気がしてならないんだ。

自分の事しか考えられずに必死になるその顔は、
豊かさとは正反対の所にあるように私には見える。
そこまでして得るものって、一体なんだろう?

かつて、私もきっとそんな顔をしていた時があったんだろう。
だけどもう、そういうのは嫌だ。
キレイゴトなのかもしれないけれど、そんな所に頭を使いたくない。

誰も何も決められないのなら、私が決めよう。
何も得られないのかもしれないけれど、一番丸く収まる方法。
私が諦めること。

いつの間にか、特技になっていた。

 
 
photo by mamiya

芸術は

200412_clay

「芸術は、屁理屈だ!
 何を作っても、その理由如何で意味あるものになる。」

それまで粘土遊びに集中していたその人は、急にそんな事を口にしたかと思うと、
ただ真っ直ぐにのばした粘土に、指で次々と縞模様をつけていった。

なんか、ただのロープみたい・・・いや、しめ縄!?
そう思っていると、その人は説明を始めた。

「これは、人間の生きてきた過程を表していて、この輪は・・・」

説明された内容は忘れたけれど、確かにそう説明されると、
ただのロープみたいな太い紐も、深い意味の込められたもののように見えてきた。

確かに、何がいい悪いなんて、決められないんだよね。
どれが、好き嫌いなら、あるかもしれないけれど。
どの芸術家も、意味があってその作品を作っているわけだから。

私が作ったのは・・・
さて、なんでしょぉ?
 

photo by mamiya

神社

20041219_jinjya

「大丈夫大丈夫大丈夫。」

呪文のように繰り返す。

そして一呼吸おいてから、自分に尋ねる。

「強がりじゃない?」



強がりなのかどうかも、もはやわからない。


振り出しに戻ったわけではない。

最初から、なかったものなんだ。

そう思えば、きっと大丈夫。



 



photo by mamiya

ススキ

20041218_susuki



ススキの季節ももう、終わりかなぁ。

なんだか、やせ細ってきている。

 
photo by mamiya

クレーンと飛行機雲

20041213_icyo

わーい!

クレーン撮ろうと思ったら、飛行機雲まで現れてラッキ♪

いい日だ。

今日はいい日だ。
photo by mamiya

写真力

20041213_icyo

写真って、怖いなぁ。
こんなにも、自分色が出るなんて思わなかった。

絵は、描けない時がある。
どうしてもその時の精神状態がそのまま作品に反映されるから、
ずっといい絵が描けなくて、今日に至っていた。
今は描くべき時じゃないんだと思ってた。
だから何も残らない。

写真は、いつでも撮れる。
ボタンを押せば、瞬時に一枚の作品ができあがる。
気に入ったものは撮れなかったとしても、
とりあえずは一枚の写真が残ることになる。

私は甘く見ていた。
無意識に全てが出ている写真の存在を。
どんな状態の時でも、形になってしまう存在を。

意識的に作れる文章よりも、
実は写真の方が全てをさらけ出しているのかもしれないなぁ。

そんな私は最近、いい写真が撮れないでいる。
困った。

photo by mamiya

クリスマス・マジック

20041201_tree


「24日は何やってるの?」

初対面の人から、いきなりこんな質問をされたのは、久しぶりだった。

数週間前、会社の元同僚から「久しぶりに飲もうよ」って連絡がきた。
その時はサシ飲みだった筈が、あれよあれよという間に参加者が増えていき、当日、接待合コンらしき場の雰囲気を見て「ハメられた・・・」と思っていた矢先に聞かれたことだった。

「え、24日って平日だよね?だから仕事。」
「仕事はみんな同じだよー。」
「ああー、でもやっぱ、仕事かなぁ。。。」

私はいつから、こんな色気ない返事をするようになったんだろう・・・(汗)

一緒に過ごす相手がいる時は、何をしようあれをしようって考えてた気がするけど、そうじゃない今は、特に何も考えてなかった。
女友達と約束を取り付ける際、いつが暇が聞かれ、平気でクリスマスも候補日にあげちゃってたくらい、何も考えてなかった。
それがそのストレートな質問で、「クリスマス」について色々思い返すきっかけになった。

1年前のクリスマスの日、帰る間際に同僚がこう言い去っていった。
「クリスマスくらい、嘘でも早く帰んなきゃー。」

あぁ、面白い言葉だなって思ったのを思い出す。
彼は”見栄をはれ”という意味で言ったんだろうけど、
定時で帰っても、”無礼講”として許される日なんだなとも思った。

数年前、わざわざクリスマス合コンをする友達がいた。
「絶対恋人がいない人が集まるから、効率いいよ。」

それを聞いて、こいつ賢いな。と思ったのを思い出す。
確かに確実に勝率はあがるだろう。
そしてその人は、そこで出会った人と、結婚した。

クリスマスって、色んな人の色んな思惑や考えがあり、面白い。
色んなストーリーも生み出す日だ。
勿論私にも、特別な楽しい思い出から、辛い思い出まで色々ある。

今年は多分やっぱり、いつもと同じ1日を過ごすんだろうと思う。
だけどそれさえも、ひとつのクリスマスの思い出として残るんだろうなぁ。

まさに、クリスマス・マジックだ。


 
photo by pakira

420,000円の林檎

20041130_apple

今日聞いた言葉。

□------------------------□
 偉そうな言葉は胸にしまえ。
 守るほどの地位はない。
□------------------------□


いくら林檎に高い値段つけたって、だぁれも買わない。
どんな値段つけようが、みんなそのものの正しい価値はわかってる。

そゆことだぁね。

 
photo by mamiya

人影

20041214_shadow

ランチ帰り、横断歩道を渡っていたら、前を行く歩行者の影を見つけた。

こんな所に目が行くあたり、下を向いて歩いてるって証拠だよなぁ。

中学生の頃は、いっつも下を向いて歩いてた気がする。

考え事をすると、下向いて歩くの、癖。

 
photo by mamiya

反射

20041213_reflex


工事中だからって、白い布に覆われたビル。
目の前のガラス張りのビルが、そこをキャンバスにして、光を反射させた。
ゆらゆら揺れて、まるでそこに水があるみたい。
とっても綺麗だ。

これが黒い布だったら、何もそこには映し出さなかったんだろうな。
黒じゃなくって白だからこそ、あらゆるものを映し出せる。

頭の中も、なるべくクリア(白)にして、
物事をまっすぐ、正しく見れるようになりたいねぇ。

常に、クリアに、冷静に。
正しく映し出せるように。

 
photo by mamiya

天使

20041212_mina

やっと会えた。
ありえない程かわいい光那。

天使のような瞳でこっちを見る。
思わずぎゅぅぅって抱きしめる。

遥々群馬まで会いに来た甲斐ありました。

 
photo by mamiya

姉の誕生日

20041211_sisterBD

姉も、三十路になりました。

結婚を控えている為、恐らく最後になるであろう家族で祝う誕生日。
普段カジュアルな姉に、大人っぽいピアスをプレゼントした。

私もそうなんだけど、家族の前で感情表現をするのって、なんか照れくさい。
彼女も例に漏れず、ロウソクに灯されているケーキやプレゼントを見たときに、一瞬だけ嬉しそうな顔をしただけだった。

でもやっぱり一瞬でも、顔って真実が出ちゃうよね。
会いたかった人との待ち合わせの時、待ち人来たると、一瞬笑みがこぼれちゃう、みたいな。

私はそんな、小さなサインを、見逃さない。

 
photo by mamiya

ジャム兄弟

20041123_jum

兄弟姉妹で仲が良い人は、良くない人よりも、人生でとても得してると思う。

生まれてからの自分を、誰よりも良く知っている存在がいる。
長所も短所も全部オープンで、言いたい事言い合える関係がある。
どんなに激しい喧嘩をしても、気づけば後腐れなく仲直りしてたり、
言葉の裏の意味を読まなきゃいけないような、面倒くさい探り合いや気疲れもない。
お互いがどんな状況になっても、一生続くという暗黙の保証がある友人みたいなもの。

お兄ちゃんがいれば、腕を組んで買い物行きたい。
めちゃめちゃ甘えたい。

妹がいれば、一緒に料理したり、その日あった事をおしゃべりしたい。
友達みたいに一緒にいたい。

この世に二人といない、唯一無二の存在。
それが仲の良い兄弟や、姉妹にあたると思う。

仲の良い二人を見てると、心の底から羨ましい。
どんな努力をしても、一生私には得られないものだから。

似たジャムは作れても、何もかも同じジャムは二度と作れない。
永遠に作ることはできないもの。
 

 
photo by mamiya

ワイシャツとアイロン

20041017_shirt

初めて綿のワイシャツにアイロンをかけた時、1枚仕上げるのに30分もかかった。
翌朝、「ボタンの部分に張りがない」と言われてプチショックだったけど、涼しい顔して聞いておいた。
だけどその日の帰りに、早速アイロン用スプレーを購入した。

そして2度目にアイロンをかけた時、言われた前立てを入念に仕上げたら、今度は1時間もかかった。
翌朝、涼しい顔してハンガーにかけておいたら、今度は何も言われなかった。
心の中でガッツポーズをした。

これに該当するかわからないけれど、私はどちらかというと無言実行派。
努力や大変さをアピールするのは、私の主義に反する。
だから30分かかった事も、1時間かかった事も、一言もその事は言わなかった。

アイロンをかける時は、決まって誰もいない時か、人々が寝静まった頃だった。
部屋の中でひとり、こっそり仕上げては、翌朝までにやっぱり涼しい顔してハンガーにかけておく。
それが、つまらない主義を持ち、それを貫いた私の日常となった。

とてもとても、頑張った。
とてもとても、大好きだった。
アイロンと向き合っている間中ずっと、着る人の事だけを考えていた。

そしていつの日にか、1枚を10分程度で仕上げる事ができるようになった。
その頃になってようやく、あたかも前からそんな手際だったかのような澄まし顔をして、人前でも作業をするようになった。
それまでの道のりにどれだけの時間を要したかは、もはや覚えていない。早かったような気もするし、長かったような気もする。

話は変わるけど、私が中・高校生くらいの頃、母親に「もっと努力しなさい!」と言われ、
「努力なんて実らないんだよ。」と生意気な事を言った記憶がある。
だから、きっとずっと私はそう思って生きてきたんだと思う。

でも今は、どんな形にせよ”頑張ればいつかは実る”と思っている。
今思い返すときっとそれは、アイロンの経験も一役かっているのかもしれないなぁと思うと、手際良くかけれるようになった事以外にも、得る事はあったわけだ。

晴れた日の午後、物干し竿の下で風に揺らぐシャツ達を見ていたら、ふとそんな事を思い出した。
暖かいような、切ないような、そんな複雑な想い出である。


  
photo by mamiya

希望の光

20041202_beamofhope


来年からの新しい組織体制について、連絡をもらった。
それを見て、久しぶりに気合が入ってきた。
新しい仕事、新しいポジション、新しいメンバー。

今までとは違って、自分よりもキャリアのある年上の人を見なければならない。
だから当然、それなりの責任も伴ってくる。

ずっとサラリーマンの限界を感じ、それに辟易しつつあったけど、でも辞められないのは、今の自分が果たして100%出せてるのか?と問われたときに、YESとは決して言えないからだと思う。
むしろ、即答でNOと答えるだろう。

何事においても、常に70%稼動に調整してしまうこの性格。
まだ、自分の100%を自分自身でも見たことがない。

今回頑張らなければ、私はこのままずっとbreakthroughしないまま、凝固した社会人になる。

目の前の事でつまづいた時は、視点をあげて考える。
いつまでもこんな所で思い煩ってないで、もっと先の希望を見て進もう。

来年からは、心機一転頑張ろう!

 
photo by mamiya

会議室

20041117_conferenceroom


小学生の頃、お腹が痛くても「痛い」とは言えない子だった。
気持ちが悪くても、気持ちが悪いって顔ができなかった。
素直にそれを言って、保健室で寝ている子が羨ましかった。

今日、それを思い出した。

平気そうな顔してるからって、深刻さを理解してもらえない。
何を訴えても、強そうだからと、むしろ更なる負荷をかけられる。

わかってるから、ずっと耐えるしかなかった。
わかってるから、もっと強くなるしかなかった。

いっその事、体が壊れればいいのに。
いっその事、鬱になっちゃえばいいのに。
そうしたら伝わるのかなぁ?って、何度そう思った事か。

だけど私にはわかってる。
私はそのどちらにもならないって事が。
そしてそんな考えは、本当に病で悩む人たちに失礼なことだって。

だからやっぱり、黙って流れが変わるのを待つしかない。
そして、どうしたら本当の”強さ”を身につけられるのか、
流れを変えられるくらいの強さを持てるのか、を考えている。

私は卑怯な手を使って、のし上がる強さは欲しくない。
それは、キレイゴトなのかなぁ?

会議室で、思いの丈をぶちまけられる人が、羨ましい。

 
photo by mamiya

未知への無知

20041205_terrace

気づけば紅葉よりも枯葉を目にする事の方が増えたように、
私の環境もいま、何か変化を迎えようとしているようだ。
漠然と、それだけはわかる。

人間が不安に思うのは、未知に対する無知からくるんだとか。
私が感じているものは多分まさにそれで、結論のでないものをあれこれ想像しては、ストレスを感じている。そんな状態なんだろう。

悩みはある事が問題ではなくて、悩みに捕われてしまう事自体が問題。
想像してもわからないんだから、未知なる世界へ飛び込んでしまうしかない。

あとは、自分の勘と決断に自信を持つことだな。

 
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理性的な階段

20041015_footstep

理性的であるという事は、良い事なのだろうか?
理性的になれるという事は、良い事なのかもしれない。
でも、理性的であってしまう事は、良い事とは一概には言えない気がしている。
それは孤独でもあり、そして、人生で味わうべき楽しみを半分損しているのではないかと思うから。

こんな風に、どこまで登っても無機質な階段が続いているだけ。
泥まみれの階段や、レンガ造りの階段、落ち葉に埋もれた階段とかを、状況によってチョイスできたらいいんだけど。

それが、人生を楽しむって事のような気がしてならない。

理性的である事よりも、感情的になる事の方が、私にはとても難しい。
そのやり方がわからないから。
だから突然襲ってくる自分の感情のブレに、対応できないでいる。
その階段の上手な登り方がわからない。
photo by mamiya

明かりの限界

20041029_light

思いやりは、想像力から生まれる。
即ち、想像力の限界は、思いやりの限界でもあるということ。

それって、明かりと一緒かもな。
どれだけ遠くまで明るく照らせるかによって、見えてくるものが違ってくる。
明かりの限界が、視野の限界。

自分がどこまで見えているかは、
自分より見えている人にしか、わからないんだろうな。



 
photo by mamiya

20041202_line


噴水に浮かぶ仲間を横目に、
ギリギリラインで留まっている枯葉たちを見つけた。

誰も何も手を加えてないのに、自然と列を作っていた。
ただそれだけなんだけど、なんだかとても貴重な偶然のような気がした。

 
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あたりまえのこと

20041130_waterborne

誰かに「ありえない」と思うような事をされたとしても、
その人にとってそれが「あたりまえ」の事なのかもしれない、と考えてみる。

生きてきた過程は、人それぞれ。
自分のあたりまえは、人にとってはあたりまえじゃないかもしれない。
それはただの既成概念に縛られてるだけなのかもしれない。

だからもし相手が「悪気がない」でした事だったのなら、大概のことは許すべきだと考えている。
そして長い付き合いを望むならば、そのギャップを伝えていくべきだと思っている。

だけど殆どの人が、伝える前段階で終わってしまう。
だって、諦める方が楽だから。

 
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イチョウの葉、散る

20041107_ginkgos


会社の同期から、正式に辞める事が決まった、との報告をうけた。
前々から辞める辞めると聞いていたから、またかまたかと思っていたけど、今度はほんとのほんとみたいだ。

なぜだろう。
私が仲良くなった人は、次々と会社を辞めていくような気がしてならない。

彼は同期の中で、トップクラスに仲がいいと思っている。
変わった奴だけど、信頼している。

同期の中で、一番最初に私を認めてくれたのが、彼だった。
まだ新人だった頃、同期同志の競り合いや重圧、劣等感に負けそうになっている中、
彼だけは人を見下したり、足を引っ張ったり、競おうとする事なく、まっすぐ私と向き合ってくれた。

そしてそれからも、彼の単純明快さと素朴さから、私はエネルギーをもらってきたのだと思う。
愚痴があれば心置きなく吐き出すことができる「ほら穴」にもなってくれたし、
サラリーマンとして生きていく術がわからないときの「道標」にもなってくれたし、
仕事やそれにまつわる人間関係に疲れたときの「休憩所」にもなってくれたし、
上司と意見が食い違い、自信をなくした私の「応援団」にもなってくれた。

自らの夢を叶えるため、新天地へ羽ばたいていくのであれば、心から応援したい。
応援したいし応援するし、と思う一方で、ちょっと寂しい気もしてしまうのだから、今日くらいは駄々をこねさせてくれ。

せっかく綺麗な黄色で身を包んだイチョウの木も、すぐにその葉を落としていく。
それは実をつける準備だとわかってるんだけど、散った瞬間を残念に思うのと似ているのかもしれない。

新しい人がどんどん入り、仲の良い人がどんどん出て行く。
狭く深くがモットーの私としては、その流れの早さについていけない。
だから散ったイチョウの葉ばかりを眺めてしまう。今日一日だけは。



 
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原石


genksei

今日、大好きな友達から、「幸せ」って言葉を聞いた。
特に何があったわけではなく、平凡な日常を幸せと感じたのだそうだ。

すごく、すごくすごく嬉しぃ。
彼女が幸せだと感じられてる事が。

もしかしたら、彼女から聞いたのは初めてかもしれないその言葉は、
私が一番聞きたかった言葉なのかもしれない、と思う。
それくらい嬉しかったんだ。

彼女はとてもいいものを持ってる、沢山の可能性を秘めた原石だから、
幸せスパイスで、これからもっともっと綺麗に磨かれていくんだろう。

幸せは人を磨いていく。
柔らかく綺麗な表情を作り出していく。
だから不幸を嘆くんじゃなくて、幸せを噛み締められるようになりたい。

大好きな友達には、もっと笑って欲しいし、もっともっとノロけて欲しい。

 
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見つけた。

20041128_clover

突然そこに、陽の光が当たる。

それまでは、何てことない草花のひとつだったのに、
太陽に照らされたそいつは、急に私の注意をひく。

こんなに綺麗な色をしてたんだと、
こんなに強く、優しかったんだと、
驚きや発見は、カメラを向けずにはいられなくなる。

いつも近くにいたのに、気づかなかった。
いつも見守ってくれてたの、気づかなかった。
こんな所に隠れてたんだね。

見つけた。



 


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冬の到来

20041128_nikko

ちょっと北へ行くと、そこはもう完全な冬だった。

太陽の光と、粉雪が降り注いできた。
私の初雪。

今度は南へ行こう。
季節を逆戻りしたい。

 

 

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朝焼け

20041128_asayake


朝焼けを見た。

しっとりとした気持ちにさせる夕焼けと違って、
なんとも言えないワクワク感がある朝焼け。

どっちが好きかなぁ。

どっちも好きだなぁ。。

神々しいエネルギーに満ちている朝日もいいのだけど、
その真逆にある、月と朝焼けの清々しさも素敵だ。
朝はふたつの顔を見せてくれる。

今度はゆっくりと腰を据えて、朝日の到来を待ってみたいと思った。

 

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隙間から落ちるもの

20041113_dasher

あらあら。
そんなにぶるんぶるん”権力”を振り回すと、
手の隙間から”人望”が落ちていくよ。

もうそれはなかなか取り戻せないんだから、
あんまりもったいない事はしないようにね。

 
 
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壊れた塀

20041109_brolenwall

誰かに何かを攻撃されたとしても、
同じ武器を手にとって、攻撃をし返したのでは、破壊はいつまでも終わらない。

例え無数の傷を負ったとしても、
終わりにしたいのであれば、受け止めたり包んだりしてあげなきゃいけない。

理解される事を望んじゃいけない。
理解して、包容してあげなきゃいけない。
マイナスの力を貰ったならば、それ以上のプラスの力を注ぐことで、気づいてもらうしかない。

悲しくて悔しくて、今の私にはとても難しい事だけれど、
ポリシーを捨てて、攻撃する側の人間にだけはなってはいけないと誓う。

だから誰にも気づかれないように、そっとため息をつく。
これだけが私にできる、小さな小さな抵抗。

 

 
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一葉

20041107_ginkgobiloba


一人でも、大丈夫だと、思おう。


でもそれでもやっぱり、
遠くから色んな人に助けてもらってるって事も、忘れちゃいけないなぁ。


 
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北海道のような

20041123_sengokuhara

心に広い牧場がある。
だからその人は「北海道のような人」だと勝手に呼んでいる。

きっとその広い土壌には沢山の人がいて、
まだまだ沢山の人を受け入れる事ができるんだろうな。
その人独自の暖かさと、優しさで包み込んで。

写真は、あと3分で真っ暗になる直前の空。
とてももったいないという気持ちが、目を釘付けにさせる。

 
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記憶

20041114_3flowers

思い出が持つパワーは、時間×質で決まる。

単に長い時間を過ごしただけでは、思い返す出来事の数は少ないし、
楽しい出来事があっても、ひとつやふたつだけだったら、それも多いとは言えない。

長い期間に渡って(時間)、
充実さを味わってこそ(質)、
沢山の思い出が作られていく。

私は、昔の記憶があまりない。
きっと、ただただ毎日時間を垂れ流すように過ごしてただけだからなんだと思う。
一生懸命だったり、感動したり、心から楽しんだり、そういった充実した日々ではなかったのだろう。
全てに無関心で、全てが早く通り過ぎて欲しかった。

今のことは多分、ずっと覚えてる。
心から楽しいと思える事を見つけた。
一緒にいて何かをしてあげたいと思える人達と出会った。
だからきっと、ずっと覚えてるはず。もう忘れないはず。

思い出が持つパワーは、時間×質で決まる。
そして、思い出の深さ=愛情の深さともいえる。

私は一体、これからどれだけの思い出を作れるんだろうか。
パワーを持った思い出を、作っていきたい。
今度こそ、記憶に残る思い出を。
 

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住人

20041119_condo

何かひとつのことを成し遂げたとき、
その過程や場において、人柄ってすごい表れる。

それを見て、感じる。
感情を動かされる人と、そうでない人。

私には、私ワールドがある。
そのワールドは、私の好きな人たちだけで構成される、私だけの精神世界でのお話。

私は、そのワールドの住人たちだけを、集中的に大切にする傾向がある。
その人たちの為なら、努力を努力とは思わないし、喜ぶ顔を見るのが私の喜び。
意識的にではなく、無意識にそうなっている事に、ある日気づいた。

一方で、それ以外の人たちはどうかというと、私にとって”興味のない人”になる。
だから何かをしてあげたいとか、あまりそういう感情が湧かない。
まさに”その他大勢”で、感情が動かされる事がない。

そして確実に、私ワールドに新しく加わる人の数や率は、
年を追うごとに少なくなってきていると感じていた。

最近、何かをしてあげたいと思える人たちがいた。
私は何かをしている過程の中で、時々すごく不思議な気分になった。
なぜなら、私ワールドに入る定義に、その人たちは入ってなかったから。

だから「どうしてそこまでするの?」と聞かれても、わからなかった。
確かに出会って間もないし、会った回数だってそれ程多くはない。
同じ生活環境下にいて、苦楽を共にしたわけでもない。
なのに定義を無視して、私ワールドに確実にその人たちは入っているようだった。

だけど今回、何かを作り上げていく過程で、その人を含めた色々な人と接してわかった。
明らかにその人達を好きになる明確な理由があって、無意識に私はそれを感じてたんだなって事が。

私ワールドに入る人の定義。
それは、かつて自分の思考パターンを分析して、後付けで作り上げたものだった。
それが、今までのルールに沿わない存在の出現で、新しく塗り替えられそうだ。

いくつになったって、まだまだ住人は増やしていく事ができる。
とても嬉しい発見だった。
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祭り

20041017_boys3

祭りの前は、おおわらわ。

祭りはいつでもおおはしゃぎ。

 
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心の中の辞書

20041113_doorknob

「言葉」って難しい。
それぞれが持っている言葉の意味合いや概念って、決して一緒じゃない。

「あれ」と言うだけで理解しあえる間柄があるように、
同じ言葉を同じ概念で捉えられる人もいれば、
その言葉の前後に相当な説明を必要とする場合もある。

「文章」ってもっと難しい。
行間や、その裏に隠された意味合いを、読み取れる人もいればそうでない人もいる。

執筆者に関する情報を知って読むのと、知らずに読むのとでは、
伝わり方や見えてくるものに大きな違いがあるし、
読み手の心理状態によっても、受け取り方に影響を与える。

「言葉」や「文章」って、あくまでツールでしかなくて、絶対ではない。
想像はできても、それは絶対ではない。

だから「言葉」や「文章」だけで相手を判断するのは、とても危険な事。
勝手に判断して、自分の意見を押し付けるのは、もっと危険な事。

”持っている辞書”が違う人といくら話し合っても、すれ違い続けるだけ。
だからこそ、理解しあうには共通言語作りから始めなければならない。

人と解かりあうのは、とてもとても大変な作業。
だからこそ、解りあえた人は、それだけで大切な存在になる。

  
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一本木

20041104_wood

生きていく上で、どんな人間になりたいかを考える。
みんな試行錯誤して、徐々になりたい人間像を描いていくんじゃないのかな。
ある日、友達にこんな質問をされた。

- 人として、人間性を認められたい?
- 男や女としての、魅力を認められたい?
- 社会人として、仕事を認められたい?

それらは似て非なるもの。
人は欲張りだから全てを望むけれど、それは全てを得られない結果になる。
その時々で変えたりもできるけれど、矛盾を抱えた中途半端な人間になる。

追求すればする程、ベクトルは別々の方を向いている事を目の当たりにし、
思い切れない弱さや未練がましい惨めな自分を思い知ることになる。



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水を忘れたボート

20041031_boat

心を許した誰かに抱きしめられるって、
どれほど暖かくて、
どれほどドキドキして、
どれほど安心できて、
どれほど満たされるものなんだろう。

今の私は、それを思い出そうとしても、思い出せない。
記憶は状況を映画のワンシーンのように蘇らせるけど、
かつて知っていた筈の感情だけが、どうしても思い出せない。

私は今、誰かに抱きしめられたいとは、思わない。
かといって、されたくないとも、思わない。
ただその行為に対して、無感情なだけ。

寂しさや不安とかって、ぬくもりや安心を知ってるからこそ生まれる感情なんだなって事に気づく。
寂しいと思うって事は、それだけ愛されてたという事、
不安に感じるって事は、それだけ心地いい場所にいたという事・・・なのかもしれない。

寂しいとか怖いとか切ないとか辛いとか不安とか苛立ちとか、
そういうのは全部、満たされてた記憶があるからこそ、感じれること。
だから、その気持ちでいる事を、そこから中々抜け出せずにいる事を、
嘆いちゃいけないのかもしれない。

一番嘆くべきは、無感情である事。
愛を忘れた事。
だからどうか、泣かないで欲しい。

きっと嘆くべきなのは、今の私。
心の安定を、満たす事ではなく、忘れる事で得た。
だから今の安定は、不安定の上に成り立つもの。

それはよくわかってはいるけれど、もうどうしようもない。
もう痛い思いが嫌だから、全てを空っぽにした。

川沿いを歩いていると、数隻のボートがそこに並べられていた。
草むらの中で、色とりどりのボートが鮮やかに目に映る。

土手に引き上げられたボートは、水を忘れたボート。
沈没する事はないけれど、そのかわり、海へ出て行く事もないボート。

きっと君なら、船底が乾く前にすぐまた川へ出れるから。
だからどうか、泣かないで欲しい。



  

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最適な調味料

20041014_metallic

人にはそれぞれ”最適な距離”というものがあると思っている。
どんなに気があう人でも、好きな人でも、その人とのちょうど良い距離感っていうのがある。

「気が合うなー」「一緒にいて楽しいなー」と思っても、
あまりに深い所まで入り込むと、途端にぎこちなくなってしまう事もあれば、
普段の趣味思考は正反対なのに、深い部分で通じあえる人もいる。

楽しい事は共有できるのに、悲しい時は頼れない人。
人生を語るには最高なのに、一緒に遊んでも盛り上がらない人。
同僚だとベストパートナーなのに、上司になるとうまくいかない人。
友達だと笑いあえるのに、恋人だと噛み合わなくなってしまう人。

距離感を読み間違えたために、一つの関係性を無にするのはとてももったいない。
出会えた人とは、お互いにとって常に最高の部分を引き出しあえる関係でありたいと思う。

ソースが合うか、しょう油が合うか。
それぞれにはそれぞれの良さがあるように、
その人のいい所を見つけ、いい関係性を模索していきたい。

 
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もみじ

20041107_chickenfoot


紅葉が、半分だけ色づいた。
まだまだこれからが本番だなぁって、楽しみに思う。

不思議なことに、もみじは赤と緑の2色に分かれていた。
黄を通り越して、いきなり赤く色づくものなのだろうか?

とにもかくにも、この半分だけ色づいたもみじは、
もしかしたら全てが赤く染まったときよりも、
綺麗な姿を見せてくれたのかもしれないなぁと思う。

そう思うと、見所がくるのを楽しみに待つだけでない
微妙なこの季節の楽しみ方を、もう一つ教わった気がした。

 
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誤解

20041031_dustbox

誤解って怖い。

誤解があった事を知らぬまま、ひとつの関係が変化してしまってからでは、取り返しがつかない。
大事にしていた関係が、予期せぬ所で予期せぬ方向へ向かってしまう事ほど、怖いことはない。

今回このBlogを通じて、2人の友人からメールをもらった。
それが誤解であったにせよ、Blogを見た瞬間から私の返信を見るまでの間、その2人に痛い思いをさせてしまった事に変わりはない。
本当に申し訳ないなぁと思った。色々回想したりして、色々考えちゃったよね。ごめんよ。。

だけど一方で、この友人達から直接連絡をもらう事が出来てよかったと思った。
言いにくい事だったかもしれないのに、ちゃんと真正面から言ってきてくれて嬉しかった。
痛い気持ちを抱えつつも、逃げない強さというか勇気というか、そういう事ができる人だとわかった事もひとつの発見だった。そしてだからこそ、もっと大事な存在になるなという予感がした。

一つの行動における動機や理由なんて、想像だけなら何十通りも考えられる。
だから確かめもせずに、その中の一つだと誤解したまま放置したのでは、後に大きな機会損失に繋がる可能性もある。憶測は、どこまでいっても憶測でしかないのだから。

頭で考えれば何百という可能性を生み出せるけど、
目や耳や言葉を使って確かめられる真実は、ひとつしかない。

私も考えすぎる傾向があるため、
気づかぬ間に”自ら招いた損失”を生み出してるんじゃないかと振り返ってみた。


写真はごみ箱。
並んでる様子と、色の配列が可愛かったの。
あと、アンバランスなようで調和されているところとかもね。
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樹々が生む静寂

20040724_woodblack

欲との葛藤が、理性を生む。

欲がない人は理性を育めないし、
葛藤しない人は欲望のまま行動する。

そして、「欲がない」という人は、
自分か他人に嘘をついている可能性が高い。


これは、とても理知的な人の言葉。
面白い言葉を聞いた。

その人は日々葛藤に苦しんでいるが、それでも止める事はしない。
欲と理性との間で戦い、その度に自分の美徳やポリシーと向き合うんだそうだ。

そのおかげか、その人はとても理性的で芯のある魅力的な人だと思う。
例えるならば、まっすぐ伸びた樹々が醸し出す凛とした雰囲気をもっている。

自分の中の欲を認めた上で、自分のポリシーを貫いている人。
だからこそ、説得力のある言葉だった。




 
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道標

20041109_stairs

理想と現実が、度々食い違ってしまうように、
こうありたいと考えることを、実際に実行できるかというと、
それはまた難しい問題だ。

ただ、考える事は目標を持つということでもある。
目標という道標がないと、そこから先のどこへも行く事ができない。

だから、自分の中にある矛盾と日々葛藤しながらも、
私は考える事をやめないのだと思う。

道標を探して、前へ前へ進んでいきたい。

 
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暗闇の光

20040914_hikari

ひょんな事がきっかけで、
私にとって魅力を感じない人と、2人っきりでプライベートの時間を共にした。

私は気づく。

私が今まで人に対して誠実でありたいと、大切にしたいと考えられたのは、
私が好きな人たちに囲まれていたからなんだと。
全部、みんなのおかげなんだと。

その人は、マイナスの言葉を発し、マイナスの力を私に押し付ける。
大人気ないけど、どんどん私は不機嫌になっていった。
早く、帰りたかった。

そして、私はもうその人には会わないと思う。
非情なようだけど、1分の時間でさえ共有したくない。
マイナスパワーを発し始める自分が嫌だから。

私がパワーを注ぎ込めるのは、私が大好きな人たちにだけ。
そう思える人たちに囲まれていた事に改めて感謝するとともに、
そう考える自分が、まだまだ未熟で子供だなと思い、落ち込んだ。

私の中には、沢山の汚いものがある。
キャパシティの狭さや、突如生まれてしまう醜い感情、冷酷さなど。
それを感じたとき、自分で自分の事が本当に嫌になる。
泣きたいほどに。


 
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東京ウイルス

20041116_building

人の気持ちは、どんどん伝染していく。

予期せぬ時に予期せぬ所で、マイナスの感情を移されてしまう事がある。
そういう時、私も誰かにマイナスの感情を移すことで、楽になりたいという衝動に駆られる。

あ。と思う。
こうやって、マイナスの感情はどんどん伝染し、広がっていくんだなって。

ただ一時的なマイナスの感情を開放させたいがために、誰かに移す。
だけどそれが、その後に続く何十人もの人の感情に影響を与える事になるとは、決して気づかない。
とても罪なこと。

マイナスの感情は恐ろしいほど、伝染しやすい。
風邪やネットのウイルス以上に、常日頃から私たちの身近に潜んでいるウイルスみたいなもの。
簡単に移せるし、簡単に広げることができる。

そういう事を考えれば、人からもらったマイナスの感情も、自分で止めたいって思う。
そしてできれば、プラスの感情を広げていける人になりたいって思う。
どうせだったらみんなでHappyになって、良いスパイラルを築きたい。

だから、人にマイナスの感情をぶつけられた時、私は悲しい気持ちになる。
どうしてみんな、人にマイナスの気持ちが伝染するような事をするんだろうって。
そうやって当り散らしたって、マイナスがプラスの感情に変わる事は、決してないのに・・・。

みんな、この世の中の人みんなが、
今よりもほんの少ーしだけ笑顔で接するように心がけるだけで、
日本全国のストレス平均値がぐんと下がるんじゃないかなって、思うんだけどな。

でもきっと、みんな自分のために必死なんだな。
それが、東京ってところなんだろうね。

 
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強くて綺麗な石たち

20041101_stone

沢山の石がある。
ここには似たような石ばかりがあるけれども、
昔、海辺に転がった沢山の石の中から、綺麗なまぁるい石を探したなぁって事を思い出す。

”綺麗な石”から連想するとすれば、失礼かもしれないけれど私は”親友”を思い浮かべる。

私が”親友”と呼ぶ友達は数少ないけれど、そこには共通点がある。
それはみんな”強くて綺麗”だということ。

一生懸命生きてるから、一生懸命悩んでいる。
一生懸命悩むから、悩んだ後は、悩む前より少し素敵になっている。
それを近くで見ていて、私はとても嬉しい気持ちになる。

みんな真っ直ぐで芯があるから、どんなに悩んでも、決してブレない強さがある。
もし横道へそれてしまいそうな時があるのだとしたら、上手く手助けできればいいと思う。
そうやって近くで支えあえることで、私はとても心強い気持ちになる。

たくさん考えて、いろいろな痛みを超えて、みんな優しい人間になっていく。
人の痛みを自分のものとして、誠実に接する事ができる。
それを近くて実感できて、私は更なる信頼を寄せていく。

沢山励まされた。
沢山支えてもらった。
沢山気づかせてもらった。

だから、悩んでる人が私は好き。
ちょっとずつ、強くて綺麗な人になっていく。

幼い頃、海辺で探したように、私は綺麗な石を見つけるのが得意。
石が上流から下流へ流され、切磋琢磨されていくように、今はみんなそんな過程の中にいる。
どんどんどんどん磨かれて、今よりもっと強くて綺麗な姿となって、大海へ出て行く事だろう。


 
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20041024_floor

あと1時間で家を出なきゃいけないというタイミングで目が覚め、すぐにシャワーを浴びた。
あと45分で家を出なきゃいけないというタイミングで部屋の埃が気になり、掃除を始めた。
あと30分で家を出なきゃいけないというタイミングで徹底したくなり、ワックスがけをしたくなった。

こうして、ずっとやりたいなーと思っていた部屋のワックスがけを、
こんな絶妙なタイミングで始める事となった。

なにもわざわざ忙しい時にやらなくても・・・
と、普通なら考えるだろうけれども、
人間なぜか忙しいときほど、何かをやり遂げるパワーが沸いてくるものだ。
そしてパワーがある時じゃないと、とてもワックスがけという一連の作業をする気にはなれない。

ワックスがけって、面倒くさい。
まずは古いワックスを洗剤液で取り除いたら、洗剤がなくなるまで水拭きをする。
そしてその床が乾いたらやっとこさワックスを塗り、ワックスが乾くのを待って仕上げの乾拭きをする。
こうやって書くと簡単なようだけど、まさに道具と労力、時間と忍耐が必要な作業である。

なんだか自分の部屋でそんな事をするなんて、大仕事をする気分になったものだけれど、
よく考えると小学校や中学校の頃には、教室のワックスがけを当然のようにしてたなぁって思い出す。

私の部屋なんかの、倍の倍の倍以上もあるあの広い空間を、
2枚の雑巾とバケツ、そして体全体を使って、くまなく磨いた。

雑巾がけで、教室の端から端までどっちが早く辿り着けるかを、クラスメイトと競った。
汲んできたばかりのバケツの水で洗いたくて 最初に雑巾を入れるのだけど、
みるみるうちに透明な水が灰色に変わるのを見て、ちょっとした罪悪感と優越感が入り混じった。
仕上げで乾拭きをした床の上に 自分の汗が落ちたのを見て、誤魔化すように慌てて拭った。
お気に入りのタイルを一枚見つけて、そこだけ念入りに磨いて輝きだすのが嬉しかった。

あの頃も面倒くさい事ではあったけど、ある種一つのイベントでもあった。
みんなで協力をして、非日常的な行為をする。
ちょっと面倒くさい事ではあったけど、大変な事ではなかった。

そういう風に昔と重ね合わせながら作業を進めると、なぜだか驚くほど楽しいものに変わる。
物事って何でも考え方なんだなって思い知らされる。
その作業を楽しめるか、大変だと思いながらやるか。
どうせだったら、前者がいい。

こうして私は、予定よりも少し遅く家を出ることになった。
けれども走れば間に合う時間。
まだ私の一日は始まったばかりだったけれども、
駅へ走る道すがら、充実した気分に包まれていた。

今夜、一日を終えて帰って来た私を、
懐かしいような鼻につくようなぷ〜んとしたワックスの香りと、
輝きを手に入れた床が、迎えてくれる事だろう。


  
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一杯のお茶

20041006_tea

2つの予定が重なる事を、ダブルブッキングというけれど、
今日の私は、トリプルブッキングなるものをしてしまった。

まずは、どうにかなんとか全ての予定をこなせるように考えてみる。
だけどその前に第一優先となる仕事が残っているわけだから、全てを欲張る事はやっぱり難しい。
仕方ないので、最終的にはその中のひとつを選択することになった。

全くもってダメ人間ぶりを発揮してしまったな、と反省する。
キチンとしたスケジュール管理ができなければ、
ひとつひとつに誠実な対応もできなくなり、
その先に迷惑をかけてしまう相手がいる。
そして自己嫌悪に陥る自分がいる。

ただ多忙なだけで、後には何も残らないどころか、
信頼や人間関係など、大事なものを失ってしまう事だってあり得る。

だからちょっとここで、色々な整理をしよう。
濃密な時間を過ごせるよう、シェイプアップが必要だ。
どれが大事で、何をやりたくて、誰に会いたいのか。

たった一杯のお茶でさえ、誰とでもいいってわけじゃないんだな。
グラスを傾けながら、そんな風に考える。
そして、引き続き目の前にいる人達との会話を楽しんだ。

どれが大事で、何をやりたくて、誰に会いたいのか。
今一度、自分と向き合ってみよう。

 
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空を仰ぐ花

20041031_flower

私に、ポジティブな発言をし続けてくれる人がいた。
彼女は私より少し年上のお姉さんで、柔らかく暖かいオーラを持ってる人だった。

一人暮らしをしている彼女の家によく泊まりにいったし、
私が思う事、考える事、悩んでる事、全部を共有してきた。
あの頃の原寸大の私の姿を、彼女はよぉーく知っている。

私がすごーくネガティブになっているときも、
どう考えても八方塞がりだったときも、
どんな要素を並べたてても救いが見えないようなときも、
彼女はポジティブな言葉で私を励ましつづけた。

時には辻褄があわなかったり、無理な論理展開をした励ましもあったりする。
そんな時は「でも」「だけど」といくらでも切り返す事ができたし、そうしてたと思う。
だから悶々とした気持ちを抱えたまま、家路につく事もままあった。

だけど、今は思う。
いくら理屈が伴わなかったとしても、
問題解決に繋がる答えが得られなかったとしても、
ポジティブな言葉を投げつづけられる事によって
私はすごく救われていたんだということに。

出会ってからずっと、
そして今でも変わらず、
彼女はそのスタンスで私に接してくれる。

私の「でも」「だけど」攻撃に負けず、
そう言い続けてくれた懐の広さに、誠に感謝。

そんな彼女は、今日も色々私を励ましてくれた。
そして最後に、私にくれた言葉。

□-------------------------------------------□
  現在に生きること。
  いつまでも過去のことを悔やんだり
  未来を思いわずらったりしていないで
  今この瞬間から、最大限度の喜びをさがすこと
□-------------------------------------------□

降り注ぐ太陽の光に導かれ、花が空を仰ぐように、
彼女の言葉によって、私は前を向く力をもらっている。

誠に、感謝。



 
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バスケットボール

20041103_basketball

今日は、結成されて間もないバスケ部の練習があった。

すごく、すごくすごくすごく嬉しい。
久しぶりにバスケットボールを抱きしめられる事が嬉しい。
こうやって体育館に仰向けで寝そべる事ができるのが嬉しい。
一緒に汗かいて、応援できる仲間がいるのが嬉しい。

毎日朝から夜まで練習ばかりしていた高校の頃には、
自分がこんなにバスケが好きだったなんて思わなかった。

何が好きで何をやりたいのかまだわからなかったあの頃、
「おまえ、つまんなそうにやるな。」
そう同級生に言われた言葉がすごく頭に残ってて、
自分はバスケがあまり好きじゃないのだと思っていた。

だけど今は、誰に何と言われようと、私はバスケが好きだと言える。
それがまた、嬉しい。

自分が好きなものが理解できているからこそ、その喜びも倍増する。
今はバスケが好きだと思うから、やれる事があの頃よりも素直に嬉しい。

 
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気持ちいい風

20041101_clag

日が暮れかけてから家を出る。

目覚めた時からなんとなく気づいてはいたのだけれど、今日は暑くもなく寒くもなくて丁度いい気候だ。
頬をなでる風加減が、人間の最も快適度が高い指数を計算してるかのように、とても心地いい。

駅へ向かう道すがら、一人なのにも関わらず、思わず笑顔になる。
「るんるんるん♪」って、バカみたいに声出しながら歩きたくなる。
あーーーなんか、幸せだなぁ、なんて思った。

なんとかこの時、この瞬間を、記憶に刻み込もうとする。
私という人間が、今ここに存在し、こういう気持ちでいた事を。
こうやって幸せだって、感じられている事実を。

・・・・なのになぜだろう。
そうやって幸せを一巡した後には、いつも決まって泣きたい気持ちになる。
悲しいからか、嬉しいからか、なんでなんだかは、自分でもわからない。

そして、色々考え巡らせてから、あるひとつの結論に辿り着く。
多分、こんな瞬間も”すぐに過去になってしまう”事を知ってるからなのではないか。

私が今どんなに幸せでも、それはいつしか過去になる。
当たり前の事だからこそ、なんだか勿体無くて、名残惜しくて、
それで泣きたい気持ちになるのかもしれない。

幸せって感覚は、形がないもの。
色んな要素と色んな偶然が重なってできた不安定なものだから、
どこかに残さないと、誰かに伝えないと、そんな事実さえ無かったものになってしまいそうに思える。

だから、できるだけこの時を記憶に刻んでおきたくて、立ち止まって反芻してみたりする。
私だけでない他人の記憶も借りたりして、身近な人にぼそっと言ってみたりする。
そして、今ここに、書いてみたりする。

「し・あ・わ・せ・だ・ぁ〜!!」

 
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去るもの来るもの

20041029_lightup

ある時気づいたのだけれど、
友人関係においての私は”来るもの拒まず去るもの追わず”スタイルらしい。

去っていくものは、もう互いを必要としないから去っていくのだろうと思うし、
来るものは、互いの何かを必要としているから来るのだろうと思うし。

だからどんなにその個人に思い入れがあったとしても、去るのであれば私は見送る。
その代わり、来るのであれば全てを受け止められるよう努力する。
そのどちらでもなく停滞しているのであれば、遠くから黙って見守る。

そういう考えってドライなんだろうか。
もしくは、自分が傷つかない為に無意識にそうしてるのだろうか。
本当は追いたい気持ちがあるのに、どこかで誤魔化してるのだろうか。
運命という言葉を借りた他力本願な人間ってだけなんだろうか。
過去の経験がそれを悟らせたのだろうか。

考えてみたところで、それが正しいのかどうかなんてわからない。
でも少なくとも今のところ支障をきたしていないから、変わる事なくこのスタンスのままでいると思う。

そう考えながら並木道を歩いていると、
クリスマスのライトアップの準備が始まっている事に気づく。
もう、あれから1年経つのかぁ・・・。

時の流れも逆らえないし、変えることもできない。
去っていく時間は見送り、新しく来る時間を全力で受け入れよう。

 
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立入り禁止区域

20041015_keepout

階段を下りている時にふと横を見ると、工事中のビルが目に入った。

黄色いロープは、「立入り禁止」を意味している。
だからなのか、だけどなのか、その奥に広がる空間に、なんだかやたら惹かれた。

黄色いロープのこっち側はとても安全。
黄色いロープのあっち側はデンジャラス。

だけどいくら入ってみたい衝動に駆られたところで、
こっち側にいる権利しか持っていないのが、私の現実。

 
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キャンディーズ

20041031_candy's

ふらり立ち寄ったラーメン屋さんは、ロックンロール色だった。

まず迎えてくれたのが、ローリング=ストーンズのBGM。
天井からぶら下がったTVからは、昔懐かしデビルマンのアニメが映し出され、
店内奥にはキーボードやギターなどの楽器が一揃い置かれている。
トイレに入れば、沢山のビートルズが微笑んでいた。

そして、私が座ったカウンター席で目に留まったのが、キャンディーズ。
グラスや水差しのバックライトを背に、楽しそうにポーズをとっている。

60-70年代頃に大人気だったアイドルグループなわけだけど、
まだ小さかった私の記憶はおぼろげである。

だから推測でしかないんだけど、
常に一緒に行動していた彼女達はとても仲が良かっただろうし、
その分喧嘩もしたんだろうなぁと思う。


今の私は殆どないけれど、誰でも喧嘩をする事ってあると思う。
仲のいい人とは本音で付き合っている分、ぶつからなければならない時もあるだろうし、つい大人になりきれずに子供な喧嘩をしてしまう事もある。

そして感情的になってしまったり、瞬間的に相手を傷つけたい衝動に駆られたりするかもしれないけど、その時絶対にやってはいけない事があると思っている。

それは、かつて相手が心を砕いて打ち明けてくれた事を、
悩みや愚痴や心に抱えてる弱さを、攻撃の材料にしてはいけないって事。
確かに相手の弱点を的確につく事はできるけれども、
それは自分で考えるより、遥かに絶大な破壊力を持っている事を理解してなくちゃいけない。

相手が見せた柔らかい部分は、何があっても暖かく包んでいてあげなきゃいけない。
一度肯定した事は、どんなときも最後まで肯定し続けること。

キャンディーズが実際にどうだったかはわからないけれど、
誰かに心のうちを話す時には、同時に破壊力のある武器を渡す覚悟で話しているし、聞く際にもその心積もりで聞いている。

 
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ジンジャーエール

20041029_gingerale

なぜか食事の際に頼んだのが、ジンジャーエール。

なんだか懐かしい緑色。
「少年時代の夏」ってイメージがある。 

きっと今では笑っちゃうような悩みを持ってたんだろう子供の頃。
だけどどんな悩みも誰にも相談せずに、頭の中でぐるぐるぐるぐる回ってた子供の頃。

今の私には小さな悩みでも、あの頃の私にとっては大きな悩みだったりする。
悩みってのは、人それぞれの度量の大きさに沿ったものが降り注いでくるのだろうか。

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バスのりば

20041015_stop


色のコントラストと、規則性と不規則さの調和に惹かれたのさ。

何がいいか説明できんが、なんかいいと思ったのだ。

 
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影のラッシュアワー

shadow


駅のホームで規則的に人が並んでた。

夜の準備に入ろうと低く降りてきた太陽が、
並んでいる人達の影を長く長く映し出す。

だから、そこは決して混んでいないのに、
ホームはラッシュアワーのように人影で満たされていた。
だけどそれは、どこかやっぱり規則的。

私は一人、それを乱すようにランダムに歩き回ってみる。
そんな事に喜びを感じる自分は今、幸せ感度が高い状態なんだと思う。

だって、今日は嬉しい事があったから。
私って、単純かもしれない。

 
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主張する雲

20041027_sora

今朝の空。
とっても綺麗だったから、
遅刻ギリギリにも関わらず、足をとめてカメラを取り出した。

雲が主張してる。
今日は俺が主役だって。

でも1時間後には、もうどっかにいなくなってた。
主張するけど、気まぐれな雲。
 
 
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水の中

20041026_fish

すごーく弱音を吐きたい時って、たまにある。

それが今回の場合は、夜中の二時。

甘えられる相手なんて、いるわけがない。

なんだかふと思う。

私は今まで、何を築き上げてきたつもりなんだろう。

 
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木箱

20041024_box

ライトを浴びた2人組みが、ギター片手にフォークソング唄う。
その足元に転がっていた、4つの木箱。

音が振動となって、真正面に座る私の体を伝う。
いい声だと、思う。

だけど、木箱を通して別の何かを見ていた私には、
最後に感想を聞かれても、「わからない」としか答えられなかった。

言葉が思いつかないのか、
最初から私にはないものなのか、
何も拾い集めなかったせいなのか。

 
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青信号と空

sora

最近なんか、言葉が浮かんでこない。
そういう時は、自分と向き合っている時。
自分の気持ちは、無にしないと聞こえてこない。


ものごとを決めるときに、理屈で考えるのって大切なこと。
でも、理屈ばかりを優先させていると、自分の気持ちを置き去りにしている事が多々ある。
だからどこまでいっても、どんなにもがいても、すっきりしない思いを味わう事になる。
それが”後悔”という感情である事にさえも気づかなかったりする。

多くの情報が氾濫している今、誰にでも理屈で考える為の十分な判断材料が揃っている。
頭の中は常に言葉や情報や知識が溢れている。
でもその分、自分の気持ちがわからない人が増えているんだとか。


全てを理屈で考える人がいた。
その理屈には太い針金が通ってるほどで、誰が見ても正論だったろう。
でもいつもそこには、自分の気持ちが欠けていた。
「あなたの気持ちは?」と聞いてみたら、複雑な顔をした後、同じ理屈を繰り返し説明した。


自分の気持ちは、無にしないと聞こえてこない。
空を見上げて、ぼーっとするのも大切なこと。
 
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観覧車

Ferris wheel

「別れる事になりました。」
との、報告のメールを受信したのは、帰りの電車の中でだった。

5年近く付き合っていた2人が、
彼氏彼女ともに友達だった2人が、
たった1日の話し合いで別れた。

勿論話し合いに費やした時間の長短なんて関係なく、簡単な決断ではなかったのだろう。
でもそのメールは、あまりにもシンプルすぎた。

いやだからこそ、その一言の裏に隠された膨大ななにかを、とても強く感じた。
恐らく彼女が今抱いているであろう”真っ暗闇の中にいるような感覚”を思って、なんともいえない気持ちになった。

それを書きたいけど、言葉では補えない。
何か考えたいけど、何も考えない事にした。

ピンク色の光を放つ観覧車が回ってる。
空回りしてる自分と重なった。
もう乗り越えたはずの感覚が蘇り、どこかへ落ちていくような気分になる。

 

 



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エレベーター

20041022_elevator

エレベーターのボタンを押す。

エレベーターなら、ボタンひとつでB1階から4階へ行く事もできる。
地下の何も見えない暗闇から、一気に最上階の開けた景色を見る事ができる。

これを自分の人生に例えたら、いったい今はどこにいるんだろう?
そして、最上階はやはり、雄大な景色の見える開けた場所なのだろうか。
そこでは、まだ気づいていないどれだけのものが見えるのだろうか。

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信頼

20041015_light

その人となりを信頼する瞬間は、
その人の言葉を聞いて、じゃなく、
その人の行動を見て、である。

言葉では簡単に嘘をつけるけど、
行動で嘘をつくのには、労力と時間を要する。

言葉は、あくまで行動の補完的な意味合いでしかない。

 
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赤飯

20041015_sekihan


これは、手作りの赤飯。
ちゃんと豆から作っている。

今は、赤飯の素がパックになって売っていて、
炊飯器に入れるだけで簡単に作れたりするし、
味だってそう変わらないかもしれない。

だけど、手間暇かけて作る料理が好き。
温かみがあって、より一層美味しく感じる。
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駅のホーム

20041015_station

誰もいない駅のホームって、なんか爽快。
爽快だけど、哀愁漂う。

どこかに行きたいワクワク感と、独りぼっちだという寂しさが、混じり合っている。
 
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母の手

20041017_mother

母の手って、暖かくって、ちょっと切ない。

母は、よく働く人だった。
台所も廊下もお風呂場も、いつもピカピカに磨かれていた。
いつだって、廊下に水布巾をかけている小さな後姿を思い出す事ができる。
掃除、洗濯、炊事、ペットの世話などの全ての家事と、外での仕事をこなしていた。
彼女の手は、いつもせわしなく動いていた。

母は、控えめで誠実な人だった。
五人兄弟の末っ子という事もあり、いつも姉達から心配されていた。
時折育ちの良さが垣間見えるおっとりとした性格で、いつも黙って自分のするべき事をしていた。
だけど、家族の反対を押し切って結婚したり、母親としての強さも持ち合わせている人だった。
彼女の手には、意思の強さが現れていた。

母は、子供に沢山の愛情を注いだ。
写真を沢山撮り、直筆コメント入りのアルバムを、子供の数分作ってくれた。
足踏みミシンで作ってくれる手提げ袋が大のお気に入りで、泣いてねだった。
寒い冬道を歩いていると、寒がる私をコートで包んで肩をさすってくれたのを覚えてる。
彼女の手は、子供を包むためにあった。

子供を叱る時、よく手を振り上げた。
でもその手が下に下りたことは、結局一度もなかった。
そんな、手を持つ人。

妻として、嫁として、彼女がどうだったのかは私にはわからない。
けども、一人の娘として私は、とても良い母親に恵まれたと思っている。
もしも母親通信簿があるならば、絶対に、ハナマル◎


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俺の城

20041017_kingyo


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母の実家

20041017_happi

祭りがあるという事で、久しぶりに母の実家へ行く事になった。
小さな頃は毎年、お正月やお盆になっては、大勢の親戚に混じって佇んでた場所。

今日来たのは、果たして何年ぶり位になるんだろう。
記憶が正しければ、ざっと10年は経っているような気がする。

物心ついた頃から連れられてきていたのだけど、思春期に入ったあたりから来るのが嫌になった。
わからない大人の会話。
耳にタコが出来るくらい聞いた「大きくなったねぇ〜いくつになった?」の問いかけ。
話し掛けられても”ウン”か”ウウン”しか言えず、どのように意思表示したらいいかわからず戸惑った。
居場所が見つからなくて、縁側や庭をウロチョロしたり、金魚を眺めていた。
早く帰りたかった。
手作りのおはぎだけが大好物で楽しみだった。

そして、いつしか自分で自分の行動が選択できるようになり、
「忙しいから行けない」と母に伝えるようになってからは、行く間隔が徐々に空くようになった。
あれから10年・・・・。

久しぶりに来た母の実家は、なぜかあまり久しぶりな気がしなかった。
多分、何も、変わってなかったせいだと思う。
時代を感じさせる茶色い木で出来た古い門構えも、家具の配置も、縁側も、何もかも。
しいて言えば、トイレが様式になった事くらいの変化しか認められない。

だけど私は、家にあがって数時間ほど経った頃、明確なひとつの変化に気づいた。
あれほど対応に悩んでいた大人達と、同じ目線で話せるようになった事。
ずっと母の後ろに隠れて、会話の矛先にならないように逃げていた私が、母の会話のフォローをするようになった事。
全員同じように見えた叔父さん叔母さん達が、一人一人の人間として個性や人生、関係性が見えるようになった事。

家の様子からは久しぶりを感じなかったのだけど、
会話をしていて、私は10年という歳月を感じた。

久しぶりに来た私に、叔父さんは嬉しそうに話し掛ける。
「ここの辺りが、面影あるねぇ。」と言って、自分の目の辺りをまぁるく描いた。
彼が、人格者である事も、この時初めて知った。

どうしてもっと、来なかったのだろう、と思った。
でも、あの頃の私の気持ちは、あの頃の私にしか、わからない。




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地震空

20041016_sunset



「いま幸せ?」と聞かれたら、
0.01秒も待たずに、YES!と笑顔で答える事ができる。

そんな瞬間、残りの人生であとどれ程あるんだろう?
0.1秒後にそう考えてしまう私は、つくづく幸せになりきれない奴だなぁと思う。
そして、不安定さの上で成り立っている事を知らされる。

今日も地震雲と空色が出た。
綺麗な空が見れるから嬉しいけど、地震は嬉しくない。
これも、不安定な上での喜び。
 
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大切な友へ

20041006_sunset

とても嬉しかったんだという気持ちを
私も大切に思っているんだという気持ちを
うまく伝えることができない。
文字にはできる。でも言葉はいつも喉元まできては、折り返す。
だから分解して、言葉の隅々にちりばめてみたりする。
それでもやっぱり、言葉の限界を知る事にいつもなる。

あまりにも真っ直ぐな気持ちを向けられると、眩しすぎて直視できない。
ストレートさはとても魅力だけど、でもでも私をとても恥ずかしくさせる。

大切な人に大切だと伝えられなくてどうするんだろう。
それで何が守っていけるっていうんだろう。

うまく表現できないかもしれないけれど、
態度は相変わらず素っ気無く見えるかもしれないけれど、
ちょっと照れ屋でポーカーフェイスなだけだから。

時間をかけて少しずつ表現していこう。
大切なものは、自分の手で守らなきゃだからね。


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モチベーション

20041013_lamp

元気ない声を聞くと、じっとしてられなくなる。

元気ないですね〜って、聞いてみようか。
問題解決しそうな何かを、提案してみようか。
思わず笑っちゃうような、爆笑メール送ってみようか。

いや、落ち込んでる原因が仕事なんだから、
少しでも解決へ近づくように、できる限りの施策を考えよう。

でもまず、メールを送ってみた。
笑ってくれたかな?

それから、ミーティングを設定する。
制限は多いし八方塞がりだけど、少しでも希望の光が見えたらいいな。


そっか、これが私のモチベーションなんだ。



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孤独

20041011_backlight

「人間は孤独だ。」なんて、
そのセリフがまたひとつ自分を孤独にしてるんだよ。

「誰も助けてくれない。」なんて、
ずっと耳を傾け続けてきた存在を否定してるんだよ。

生まれるときも、死ぬときも、一人。
だからこそ、その過程をどれだけの人に囲まれて過ごすかは、自分次第。

決断するのも、道を切り開くのも、全部一人。
他人ができるのは、アドバイスやエールを送り続ける事だけ。

そんな当たり前の事、わざわざ言葉にしてもマイナスの動力にしかならない。
そして自分だけじゃなく、相手も孤独にする言葉。



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よくわからない場所、わからない物、わからない時

20040724_temple

最初ここに来た時、何がどう配置されてるのか一瞬わからなかった。
日常生活で見慣れたものが、見慣れない姿で無造作に配置されている。

果たしてこれは置いてあるのか?捨ててあるのか?誰が何に使うのか?
状況を整理するために、立ち止まってじっと見据えてみる。

そうすると、次第にそこにある個々の物がくっきりと浮んで見えてくる。
それから、既成概念を取っ払ったあらゆる可能性が考えられるようになる。


なんかよくわかんない時は、一旦止まってみる。
どうしたらいいかわからない時は、思考を止めてみる。

頭がごちゃごちゃしたり、色んな感情が生まれたり、沢山の情報に振り回されたり。
そういう時は、思い切って”無”にしてみる。

前に前に進む事ばかりが、いい事じゃないってこと。

 



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凛とした空間

20040724_temple


この廊下は、国宝なんだとか。

中へ入ると、単に長く続く廊下があるだけ。
それだけなのに、その空間にいると凛とした気持ちにさせられる。

床板の艶と色加減が、本当にいい味を出している。
そして、静寂。
いるだけで、清々しい気持ちにさせられる。

この感覚を収めたくてシャッターを押すのだけど、
その時感じた感動を一枚の写真に収めるのは、非常に難しい事を知る。

やっぱりその場で感じる感動には勝てないのだろうけど、
近しい感情を沸き起こせるような、気持ちのこもった写真を撮ってみたい。
雪だるまをクーラーボックスに入れて持って帰るみたいに、感動をレンズに収めて帰りたい。

だけど今の私の腕じゃ、大抵8割減の作品が出来上がる。
廊下が作り出す凛とした空間を撮りたかったけど、技術力のなさが露呈されるだけ。
だから今の私には、外側から撮る事しかできなかった。

いつか、感情も一緒に収められるくらいリアリティある写真を撮るのが目標。
言葉で言い尽くせない事も、写真で伝えられたらいいと思う。
 
 
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無数の電線

20040919_cord

考える事が好きな人がいた。

彼は少し閉鎖された環境で生活している上に、人間嫌いな一面がある。
だから当然、接する人間の種類が限られてくる。
親兄弟に恋人、学生の頃からの友達、お客さん・・・ってな所だと思う。

その限られた枠内では、「生きる事について真剣に話せる相手がいない」との事で、たまに会う私がその話し相手になる。彼の中に蓄積された”人生観”や”思う所”が膨らみ始めた時にのみ、呼び出されるといっても過言ではない。

彼は沢山の本を読み、時事に関しては必ず深く考察し、自分なりの見解を持っている。
よくもそこまで深く考えるなーって感心するような事を言うのだけれど、彼はそんな自分を「ちょっと変わってる」という。

というのも、彼の周りには一人として彼の意見を理解してくれる人はいないからだ。
彼の意見に対する友人の反応はというと、「わからない」で切り上げられ、その後に決まって「お前は変わってる」と指摘されるらしい。

うーーーーーん、、、私は考える。
彼は、変わってるのかなぁ??

私が聞く限りでは、彼の話はしごくもっとも。
私の周りでは普通に良く話されている事でもあり、決して突飛な意見ではない。
一つ一つの事象をとても深く考え、そんな視点もあったのかと気づかせてくれる事もあったりする。
ただ、彼の周りの人よりも少しだけ、深く物事を考えてるだけのような気がする。

だけど彼の世界では、”変わってる人”の烙印を押されているのも、これまた事実。

これって、単なる”基準”の問題。
多数派か少数派かって違いなだけ。

まったく”普通”とか”基準”ってやつは、ほんと不安定な言葉だなぁって思った。
どの世界で生きるかで、平凡も非凡も紙一重。簡単に姿形を変える。
何が普通で何が変わってるかなんて、ほんと、ひとつのモノサシでは測れない。

私がそう言うと
「真剣に人生について考え話せる相手が周りにいるなんて、いいね。」と、彼は言った。

おっと、どうやら私は勝手な基準を作っていたらしい。
私は今の友達がいて当たり前だと、
こうやって悩みや考えを語れる相手がいて当然だと、
自分の中での普通を作り上げていたんだなぁ、と気づくのでした。


隣接している無数の電線も、
それぞれが別々の情報を抱えている。
交わらなければわからないね。

 
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空とフェンス

20040919_fence


所々錆がかった青いフェンス。

一休みにと座り込んでふと見上げると、
空の青と相俟って綺麗なコントラストを見せた。

子供はみんな、この目線。
大人になると忘れてしまう目線。

新しい何かが見えた分だけ、
気づかないで見落としてしまう何かも増えているのかな。



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幸せレベル

20041006_bicycle

誰から見ても羨ましい存在なのに、自分でそれに気づかず、不幸だと嘆いてる人がいた。
生まれた時から恵まれ、ずっと守られて生きてきたのに、生きる喜びを感じていない人がいた。

本人が 「 不幸だ 」っていうんだから、それは不幸なのかもしれない。
お金やモノと違って、幸せと不幸せは、決して同じモノサシで測れるものじゃない。

でも、勿体ないなぁと思う。
明らかに、笑顔の数が減っているから。
彼女が笑えば幸せは沢山寄ってくるのに、それを知らないでいるから。

飲みたい時にスタバひとつ買える事に、喜びを感じられる人もいれば、
人や物やお金や言葉の全てが揃わないと、喜びを感じられない人もいる。

今手にしてるものに気づかず嘆いてばかりいるんだったら、
いっそ全て失ってしまった方が、幸せに気づけて幸せなのかもしれない。
とても、浅はかだけれど。

自分で得ようとしないから、単調な毎日になっていく。
自分で作ろうとしないから、目的のない日々になっていく。

生まれた時はプラスからのスタートだったのに、
死ぬ時はマイナスのゴールになるかもしれないよ?

だからやっぱり、その人が感じている不幸は、真実なのかもしれない。
幸せは、気づけばそこにあるものなのにね。

photo by mamiya

20041006_sunset



信じられないくらい綺麗だった今日の空。
いろんな色が幾重にも重なって、ほんとーに綺麗だった。

できれば仕事なんて投げ出して、ぼーっと色の変化を眺めてたかった。
この後次第に赤く染まっていき、燃えているかのように真っ赤になった。

沢山の色がある。
沢山の色が重なって、綺麗な層を作っていく。
そしてそれぞれの色が変化して、更に深みを増していく。

こんな空の色も綺麗で魅力的だけど、
人の色にも最近、とても興味がある。

私は近頃、人と会うのが楽しい。
人と話すのが楽しい。

この人はどんな人なんだろう?
何を考えて、何を大事に生きてるんだろう?
それを考えるのが楽しい。

人それぞれ魅力があって、そこを見つけてく。
10人会えば10人違う。まさに10人十色。
その色を感じるのが楽しい。

尊敬できる人、一緒にいて楽な人、趣味が合う人、癒される人、
色んな人がいて、色んなプラスの関係性が生まれる。

基本的にはどちらかというと狭く深くがモットー。
つまり”引篭もりヨリ”な人だから、多分長くは続かないだろうけれど、
今は沢山の素敵な色を見つけたいなぁと思う。

色んな色があって、それが重なって、変化していって、
いつか、とてもとても綺麗な景色が見れる気がする。

 
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会いたい人

20040831_sunset

私には、会いたい人がいる。
会いたいけれど、会いたいとは言わない。
会いたいけれど、会いには行かない。

待ってるわけじゃない。
奇跡を信じてるわけでもない。
ただ、それが私とその人との、”最適な距離”なんだろうなって思うの。



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スプーン

20041001_spoon

ホームパーティーの席でふと下を見ると、スプーン達が可愛く並んでいた。
なんでもないものなのに、なんでこんなに可愛らしく見えるのだろう。


ところで今、家族が揉めている。
当人同士が話し合うと、まとまるどころか更に複雑かつ険悪化するので、間に私が入る事になっている。なるべく2人が直接話す事のないよう、配慮して行動しているつもりだった。

だけど先週末、うっかり私が家を空けている間に2人は対面したようだ。
そして翌日、それぞれがヒートアップして私に訴えてきた。
どうやら思ったとおり、話し合いは決裂したらしい。

仕方ないので、もつれた糸を再びほぐす作業に入る。
聞けば聞くほど、お互いの認識の違いや、小さな誤解からあらぬ方向へ暴走してしまった事が伺える。

それぞれの話を整理して、なるべくトランザクションが少なくなるよう段取りを決める。
なんかこういう調整って、仕事と全く同じだなーと思う。
よく”家庭すらうまく回せない男は、仕事もうまく回すことはできない”っていうような言葉を聞いた事があるけど、なんかちょっと分かる気がした。


ところで、揉め事の原因は、姉の結婚。
仕事と違うのは、とても幸せな揉め事だって事。
当人同士には悪いけど、なんか家族してるよなぁって、調整役は小さな幸せ感じてたりする。


丸く可愛いスプーンが、そんな話を象徴してる気がした。

 





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20041001_interval


 
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黒い東京タワー

20041002_tower

東京タワーをふらり見にきた。
綺麗に見える所があると聞いたから。

だけど残念な事に、ランプは全て消えていた。
黒い影だけになった東京タワーは、なんだか少し小さく見える。
とても落胆した私は、往生際悪く、しばらくそこで黒い東京タワーを見上げていた。

そうして気づいた。
力なく寂しげに見えていたその影が、
黒い影だけで構成されたその光景が、
見れば見るほど、私を引き込んでいくことに。

私がこれまで知っていたのは、見た瞬間に感動を与えてくれる東京タワー。
だけどこんな風に、見る程にじわじわと感動を引き出してくれる東京タワーを、私は知らなかった。

いつの間にか、残念な気持ちなんてなくなっていた。
むしろこの時間に来て良かったと思っていた。

別の視点から見る事による新しい発見。
今まで知らなかった美しさに気づいた瞬間。

こうして私は、今日ひとつ、得るものがあった。



 
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オフィス街の影

20041001_shadow.

久しぶりの快晴。
まぶしい太陽を横目に、いつもの朝を、いつものように通勤する。
オフィスまであとワンブロック。
これから一日が始まるという慌しいオフィス街で、
影だけが、の〜んびりとしていた。

今までもそこにあっただろうに、
何度も逢っていただろうに、
私はずっとずっと、気づかないでいたんだな。

photo by mamiya

キウイ

20040930_kiwi


ランチビュッフェでキウイを食べた。

数多くあるスイーツの中で、
ケーキでも、プリンでも、ムースでもなく、
私は迷わずフルーツを選んだ。
そう、私は無類のフルーツ好きだ。

本当は5つあったのだけど、
ここでは厳選された3つが登場。

いつもは不規則に置かれることの多いだろうキウイも、
こうやって規則的に並べると、たちまち別の表情を見せる。


ちょっと・・・・偉そう?(笑)

清楚に見せておきながら、その実、自信満々で希望に溢れ、
ここにいるんだという自己主張をしっかり忘れない。
だから当然、カメラを向けた。

それから、とっても美味しくいただいた。

すると・・・


20040930_kiwioff

途端に全く違った表情を見せた。

痛みを知ったものだけが持てる、切なくていじらしい柔和な表情。
何にもなくても、深みがある。

すぐに用無しになってポイされるはずのこいつらに、
今度は、自然とカメラが向けられた。

自己主張なんて、しなくてもいい。
何にも持っていなくても、
全てを与えてしまっても、
見てる人は、見てるのだ。



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年上の素敵な女性

cup

年上の素敵な女性と出会った。
思わぬ出会いに、なんだかすごく嬉しくなってしまった。

もちろん彼女はとても綺麗な顔立ちをしていて、ほっそりとスタイルもいいけれど、
それを更に引き立てるかのように、笑顔が何よりも綺麗だった。
内面の良さが表情に表れていて、生活が充実・安定している事が伺える。
気さくな感じではあるのだけど、女性としての柔らかさも忘れてはいない。
そして上品さと知的さも併せ持っているし、会話からもバランス感覚の良さを感じる。

年下で可愛い子も、もちろん沢山知っている。
けれども絶賛する程の魅力は感じなかったりする。

思うに、人には男女ともに、内面性が表面に現れてくる年頃っていうのがあると思う。
20代後半くらい、もしくは30代あたりから、人間性が顔に表れてくる。不思議な事に。
電車の中での寝顔、ふとした時の笑顔、全体的な印象、そして、瞳。
そういったものから、清々しい印象を受ける人もいれば、あまり近寄りたくないなーって人もいる。

だから、素材や打ち出しだけで勝負する若い年代と違って、
その位の年頃の女性は、内面性が+αの魅力として大きな影響を与えると思う。

彼女の場合も、元々の素材の良さに、内面から滲み出る輝きがプラスされ、更に魅力的になっている。
可愛いとか、綺麗とかじゃなくて、まさに”素敵”。
”素敵”という言葉はこういう時に使うのだと思った。

年上のそんな風に輝いている女性を見ると、嬉しくなる。
自分の中の目標みたいなものが出来たようで、すごく嬉しい。

思わぬ見っけもん。
久しぶりに、同性に対して憧れに近い感情を抱いた。

 
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優しい言葉・優しい景色

20040928_sunset

人が元気がない時は、どうしてあげるのがいいんだろう?
何か具体的な手助けをしてあげられる時はいいのだけど、
それがない時はどうしたらいいんだろう?

いつも思う。
最適な言葉が見つからない。

「大丈夫?」って言葉は、優しい響きだけど、
逆に相手の負担になるだけのような気がする。

求められてないアドバイスなんて、
そんなの余計なものでしかない。

だからいつも結局、見守るってだけになる。
ちょっとでも軽くしてあげたいのに、
いつも一番優しい言葉が見つからない。



今日の夕日、決定的瞬間。
何かが誕生しそうな雰囲気。

ほんと、癒されるよなぁ。
励ましの言葉よりも、断然のパワーを持ってる気がする。


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一人きりの食事

20040928_lunch

今日は一人でランチした。
殆どいつも、誰かと社外でランチする私にとって、それはちょっと息の詰まる1時間だった。
とはいえ思い返すと、私は一人で食事をする機会が多い。

自分が作ってきた生活サイクルがそうさせているのだから
仕方のないことだけど、やっぱりあまり嬉しい事じゃない。

定食屋や吉牛に一人で入ることもできるけれど、
やっぱそれなりの勇気と覚悟が必要だったりする。
思いついてポンッと入れるものじゃない。

料理を作るにも、やっぱり一人分じゃ味気ないし、
不思議なもので、作ってる間にお腹いっぱいな気分になっちゃうので、
出来上がった頃にはもうごちそうさま状態だったりする。

部屋で食べる時は、さすがにTVをつけずにはいられない。
何も音がしない部屋の、ちっとも空気が揺らがない部屋の
そんな中で食事をするのは、非常に精神力がいる。

視覚的に見るものがあるだけで、紛らわす事ができる。
話し相手がいれば、料理の味が2倍も3倍も、いや10倍は美味しく感じる。


一人の食事は、精神力を要する。
そして誰かとの食事は、精神的に満たされる。


同じ「食べる」という行為も、形によってはプラスにもマイナスにも変わるものなんだな。
将来、自分の子供には、一人でする食事を経験させないようにしよう、と思った。

そして、そんなことばかり考えて食べたランチは、やっぱり味なんて覚えてやしない。(笑)


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水滴

sizuku


弾けそうなくらいに膨らんだ水滴が、
葉の上にきれいに並んで整列してる。

針で刺すと風船みたいに割れそうだよなぁ
と思うのは、私だけかしら。

そのきれいな水滴を自分のものにしたくて、
手の甲に同じように水滴を垂らしてみたりする
それもやっぱ、私だけだよねぇ。。。

そういえば、プールやジャグジーに入った時に、
水泡が自分の体についているのを見て、
思わず手で払って浮いてくる水泡を見て楽しんだ。
それはみんな、やった事あるよね?

手で掴もうとしても掴めない。
ずっと同じ形を維持する事ができない。
そういうものだから、こんなに興味を引かれるのかな。




 
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もみじの裏側

20040926_momiji

雨のやんだ午後、
もみじの裏側から、空を見上げた。

大粒の雫が涙みたいで、なんだか寂しげに見える。
そう思う私も、ちょっとそんな気分なのかもしれないなー。

見たものをどう感じるかって、結構自分の心境を表してたりするんだよね。
寂しい時にみれば、寂しげに見えるし、嬉しい時に見れば、和やかに見える。
自然や美しいものへの印象は、自己の投影だったりする。

人に対しても同じで、「あの人に嫌われてるも」とか「親しみやすい人」って思う時は、
大抵は自分がその人に対してそういう感情を持ってる時なんだよね。

理由のない人に対する印象も、自己の投影なのかな。
そうやって自分で勝手に、色眼鏡をかけちゃうんだろうなー。



 
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山の上から

20040926_compass

風の程良い、夕方でした。

風車がご親切にも東西南北を教えてくれてる。

空は世界中のどこまでも繋がっている。

いま、どこにいるんだろう。
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鬼灯

20040912


鬼灯と書いて、ほおずきと読む。
赤い提灯のように見える事からきているらしい。

昔は良く、お盆になると親に連れられて親戚の家へ集まった。
そこには、沢山の果物の横に、いつもほおずきが置いてあった。

オレンジ色の皮を剥くと、中には宝石のように赤くて丸い実が隠れている。
それを優しく優しく揉み解していくと、固かった実がだんだん柔らかくなってくる。
そこまでくると、皮を破る事なく中の種を取り出す事ができる。
それから、皮だけを奇麗に洗って、洗って、それから・・・・

それから、どうするんだっけ。
あんなに夢中にやっていたのに、もう忘れちゃった。
ただ帰りの電車の中で、ずっとずっと夢中になって揉んでいたのは覚えている。

今年も、母が親戚の家からほおずきを持って帰ってきた。
それから1ヶ月近く経つのに、今も綺麗な色を保ったまま私の部屋に置いてある。

今週末、久しぶりにやってみようかな。
あの頃、何に夢中になっていたのか、どんな気持ちでいたのか、
少しでも思い出せるかもしれない。
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古き良き家

20040921_home

こういう古い家って、なんか好きだったりする。
街を歩いてて、こういう趣の家を見かける事が少なくなってきた。
だからたまに見かけると、じっと立ち止まって見てしまったりする。
そして、どんな人が住んでるのか想像したりするのが、小さな楽しみ。

好きな理由を考えた。
多分、”温もり”が感じられるから。
あと、なんか”懐かしい”感じがするからかな。

昔、もう記憶にない程の昔、木造平屋の家に住んでいた。
縁側があって、猫と布団と一緒に日向ぼっこしてた。
布団と太陽の香りが心地よかった。
猫の柔らかさと温もりが気持ちよかった。

庭には枇杷の木が実をつけていて、それを食べさせてもらった。
怪我をしたら、温室からアロエがカットされてきた。
月見草が昼には、本当に蕾を閉じている事を教わった。

暖かい頃の暖かい記憶がそうさせるのだろうか。
私は古き良きものを愛するし、それが減っていくのはちょっと悲しい気もする。

でもあと10年20年経ったら、今住んでいる家も懐かしく思うようになるのかな。
そう思うと、古き良きものを愛でるだけではなく、今を満喫する事も大事だと思ったりもする。
未来の自分の思い出作りってやつかな。

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二十歳の誕生日

20040922_birthday

を、迎えたのは、もちろん私じゃない。

私のアシスタントをしてくれている子が、今日で二十歳になった。
なので、チームメンバー全員でそれをお祝いした。

二十歳になったという事で、ちょっと特別感のある大人なレストランを予約。
バースデーケーキやポラロイドのサービスもあり、CSの高いお店。

細かなサプライズも所々用意しておいたけど、段取りの良さでその感動度が随分変わるので、みんなに役割と流れを滞りなく伝えるのが何より大変だった。

プレゼントは、いつもは豪華一点主義なのだけど、あえてバラエティ豊富にして8点程用意。
そして目的どおり、プレゼントの数ぶんの笑顔が見れた。
本当に私は好きな人の為だと、びっくりするくらいのモチベーションの高さとパワーを発揮するなぁ、と我ながら思う。彼女がとても喜んでくれたみたいで、本当に嬉しい。

しかし、彼女は出会ってから半年で、本当に綺麗になった。
そして、まだまだ伸びしろを感じさせる。
それはすごい事だと思う。

女性が最も美しい年齢は27だといわれている。
容姿だけでいうと19あたりらしいのだけど、内面的な美しさも加味すると、ちょうどバランスがいいのが27だという。

でも彼女は、20にして27くらいの内面の美しさ、精神性の高さがあると思う。
ってことは、これから更に登っていくとすると、一体27の頃にはどんな女性になっているのだろう??


 
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ジャングルジム

20040920_junglejim


日が暮れるまで遊んだジャングルジム。
楽しくて仕方なかった幼い頃。

今のぼったら、あの頃と同じように楽しめるのかな?
まだチャレンジできずにいる今日この頃・・・。

 
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卒業しない小学校

20040919_school

かつて住んでいた街を訪れた。
そして、かつて通っていた小学校へ行ってみる事にした。

何しろ15年以上ぶりなので、存在すら不確か。道のりも、勘に頼るしかない。
だけど記憶をフル回転させてなんとか辿り着いたそこは、何も変わっていなくて私をほっとさせた。

校庭をL字型に囲む校舎。
よく遊んでいた、大きな石造りの滑り台。
全然上達しなくて、最後まで白帽をかぶって泳いだプール。
学芸会に出るのが嫌で、ドアを開けられなかった体育館。
朝顔や向日葵を育てた、校舎の裏側にある小さな花壇。
きっと細かいメンテナンスは沢山されてるんだろうけど、ほぼ私の記憶の中のまま、そこにあった。

とても内気で、いつも一人ぼっちだった自分を思い出す。
だけどみんな、優しかった気がする。
転校の挨拶の後、殆ど話した事もなかった男の子が、簡単な手品をして笑わせてくれた。
高校まで、文通を続けた友達もいた。


帰る間際、ふと校舎を見上げてみる。
白い壁は黒ずんでて、そこだけが時の流れを感じさせた。

そこに、飛行機雲がひとすじ。
写真はその瞬間のもの。




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Welcome board

20041113_welcomeboard

深く大きな愛情は、人を変える力を持ってると思う。
特に時間をかけた愛情は、人の心に強く何かを残す。

どれくらい時間がかかるかわからないけれど、
それに気づいた時に初めて、色んな大事な事が見えてくるんじゃないかな。
文字にすると途端に陳腐になっちゃうような、色んな事が。
それこそパッと綺麗な景色が眼前に広がるように。

どんな人でも、善と悪が内在している。
そのバランスは人それぞれだし、フェーズ毎にどっちが顔を出すかも個人差があると思う。
けれども深い大きな愛情は、善の部分に強く呼びかけ、増幅させる力を持ってると思っている。

私の近くには、それを体現できている友人夫婦がいる。
2人は毎日の生活で”思いやり”を幾重にも積み重ねている。

求めず、与える。だから与えられる。だからまた、与える。
それがエンドレスに続く。それが絆の強さになる。

今日はそんな2人の家へ遊びに行ってきた。
その際に、2人の結婚式に私がプレゼントしたWelcome Boardが出てきた。

私が人の顔を描いたのは、実はこれが始めて。
絵を描くのは久しぶりな上に、今まであえて避けてきた人物画。
自分で描く事を決めたにも関わらず、なかなか筆が進まず苦戦した。

結局は期日に迫られ、休日の会社に篭って終電前までに仕上げる事になった。
だからあんまり上手にできなかったけど、2人がお互いを指差して「似てる!」と喜んでくれたので、まぁいっか。

2人にはいつまでも「結婚っていいもんなんだな」って希望を持てるような夫婦でいてほしい。
親友のノロケ話程、嬉しいものはない。





 
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青信号

20040917_singo

新幹線へ向かう途中。
すごい人込みにうんざりしかけた大阪駅前。

だけどちょっと顔をあげると、
周りの喧騒を忘れるくらい静かな色がそこにはあった。

みんなもっと、上を向いて歩けばいいのに。

 
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犬くんの後を追って

20040911_dogrun

富士山の麓で、私を案内してくれた犬くんの後姿を激写。
白いオス犬の先に、小さくて見えないけれど、しま模様のメス犬が先導をきって歩いている。

この夫婦は、奥さんの方がしっかり者みたいで、旦那はふらふらと寄り道ばかりしている。
脇道にそれた旦那を奥さんが呼び戻す、を何度か繰り返してた、バランス良い2匹。
どこに行くにもずっと一緒にいるみたいだけど、犬の世界にも離婚ってあるのだろうか。

最近、大学の友人が子連れ離婚した。
23歳の時、私を散々羨ましがらせて式をあげた2人だった。

周りの色んな形の夫婦を見ていて思う。
お互いを認め、思いやり合えてる2人ほど、うまくいっている。
求めるのではなく、与えられるかどうか、なんだと考えさせられる。

そう思うと、まだ幼いあの頃に結婚しなくて良かったんだろうなって思う。

ところで今日の一枚、
派手に転んでデジカメ大破につき、過去の写真よりピックアップ。
なんだか懐かしい気がする光景。


photo by mamiya

赤い金魚

20040912_kingyo

美容院のソファーの前で、赤い金魚が三匹泳いでいたから、写真を撮った。
色褪せた世界の中で、金魚の鮮やかさが際立つ。
そしてその鮮やかさから、生命の強さみたいなものを感じる。

ふむ。
色褪せた世界の”宝物”って感じかぁ。。


そういえば、私は最近新しい宝物を見つけた。
これは私にとって、すごくすごく嬉しい事。
だって滅多に見つからないものだから。

新しく加わった宝物は、ずっと歳の離れた女の子。
年齢差なんて私は全然気にせず、対等に見ている。
真っ直ぐで綺麗。私と同じ歳になる頃には、イイ女になる事間違いない。
そう思っている。

こうやって、新しい宝物が増えていく度に実感する。

生きていく事は、歳を重ねる事は、悲しい事や辛い事なんかじゃない、と。
自分の大切な人、安心できる場所、居心地のいい環境、
そういったものを自分の手でひとつひとつ作りあげていく事ができるから。
色褪せた世界も、自分でいくらでも鮮やかに変えていく事ができるんだよね。

出会った人の中に、ガラス玉のように輝くモノを見つけると、私は嬉しくなる。
そしてその可能性に賭ける。気長に待ってみる。大抵、私の直感は当たるから。


photo by mamiya

ひとりぼっちの椅子

20040911_chair


何の予告もなしに、ぽつんと置いてあった椅子。

温もりの感じられない椅子。

いったい、一番最近はどんな人が座ったのだろうか。

モノはあるのに誰も居ない。

そこは、不思議な空間でした。
photo by mamiya

ススキ野原

20040911_inaho


富士山の麓へ行った。
昨日までは風でなんとなく秋を感じていたのに、山へ来てびっくり。
紅葉こそまだないけれど、ススキが一面を覆っているそこは、完全なる秋色だった。

実はこの場所へは、犬に導かれて辿り着いた。
立ち寄ったCAFEに住んでいる犬で、まさに行きずりの出会い。

賢い犬で、私が後をついてきているかを、しばしば確認して前へ進む。
キャベツ畑と、この季節には珍しいピンクの花畑、そしてススキ野原へ連れてってくれた。

よく一人旅をする人が言っていた。
旅先では出会いがあり、その人達と現地についての有益な情報交換をしたりする。
そして、それが更に旅を盛り上げるんだと。

私の場合は、この犬くん。

写真は、犬くんが連れて行ってくれた、ススキ野原にて。







photo by mamiya

強い人へ

20040910_tree


今日は、ず〜〜〜〜〜〜っと、
空見上げて寝てたい気分。。。

昔は、強くなりたいって思ってた。
一人でちゃんと生きていけるようにって。
何事にもブレない強い心が欲しかった。
「頑張れ、頑張れ、、」を心の中で何度も繰り返した。
そうしてこうやって、空見上げてたなぁ・・。

今は、強がれる人になれた。
だけど、強い心なんて手に入らなかった。

欲しくて、欲しくて、どぉしても欲しくて。
だけどどんなに渇望しても、結局変えられたのは器だけ。
中味なんてなーんにも変わらない。
やっぱり自信なんてないし、すぐ落ち込むし、ブレまくりの自分がここにいる。


今日は、ちょっと落ち込んでいた。

そしていつものように、自分の中の柔らかい部分は、
認めてもらえる優しい人にだけ、こっそり見せている。



photo by pakira

季節の変わり目

20040909_sora


今日は、シンプルなのにしてみた。
一日中曇りの中で、やっと見せた青空。

まだなんとか夏っぽい感じかな?
もう、風は完全に秋だけれど。

季節が変わっていくのを感じる時って、なんだか寂しいようで、でも心地いい。
夏が終わる残念なような気持ちの中に、秋に対する期待感がある。

そしてその変化が、自分が四季の中に存在する事を強く感じる瞬間。
どっちの季節の良さも味わえるとき。

もったいないから、散歩に行こう。
寂しいけれど、心地いい季節だから。


photo by mamiya

ビルの群れで生きる人

20040909_bill

人が変わってしまった姿を見るのは悲しい。
でも、彼女が生きていく上で、それが必要だったから変わったんだろう、と思う。

自分を守る為、強く生きていく為、目的を達成する為、幸せになる為、、、

かつて人を信じる事のできた人が、人に裏切られ、人を信じられなくなる。
そして、自分を守る為、今度は人を裏切る人になる。

悲しい事だけど、女性が社会で生きていく為には、
少なからず変わらなければならないのかもしれない。


自分を守る為、強く生きていく為、目的を達成する為、幸せになる為に、、、




photo by mamiya

お誕生日

20040908_cake


私の所属するチームは、メンバーの誕生日にお祝いをする習慣がある。
大抵、終業時刻間際になるとみんなそわそわし始め、本人を除く全員に指令メールが送られる。

事前に揃えるアイテムは、ケーキにプレゼントの2点。
それぞれ担当が付き、ケーキはホールで、プレゼントは1万円の予算内で購入してくる事になる。

ケーキ班は、人数分足るであろうホールケーキを選べばいいだけなのでまだ楽だが、
プレゼント班は、主役のキャラクターを把握した人のみが選ばれる大役だ。

私はこの大役を、自らかって出る事が度々ある。
その人の持っているもの、好みや傾向を頭の中で反芻しながら、まずはキーワードを見つける。
そして、そのキーワードに合ったモノを、近くにあるショップの商品と照らし合わせていく。

とはいえ、最終的な好みなんて、本人じゃないから正直わからない。
ある程度商品の目処をつけて、よし、購入するぞ、と思っても、
店員さんに「これください」の一言がなかなか言えなかったりする。
「本当に喜ぶかなぁ?」と迷いが生じてしまう。
そしてそれは、毎回のことだ。

そういった確信というのは、昔から知ってるすごく仲のいい友達、もしくは恋人でない限り、得られないのかなと思う。
いや、それでもなかなか難しいのかもしれない。
”どうでもいい”わけじゃないから。

相手のキャラクターを把握してるだけに、相手の喜ぶ様子もイメージできる。
だから、イメージ通りの笑顔を見れると、それまでの迷いや労力なんて、一気にふっとぶ。調子いい事に、迷いが急に確信に変わる。

笑顔のパワーって、すごいなぁって思う。
そしてそれも、毎回のことだ。


photo by mamiya

都会の木陰

20040907_Shadow


暖かい気持ち?

懐かしい気持ち?

寂しい気持ち?

これを見て、どんな気持ちになりましたか?

あなたの感じ方を、教えてください。

photo by mamiya

『一体どうすれば、考えないでいられるのでしょうか』

20040906_massege


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一体どうすれば、考えないでいられるのでしょうか
By whatever means can we stop thinking?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ランチへ行く途中、こんな広告を見つけた。
同じような水色のボードがそこらじゅうに貼られており、それぞれに異なるメッセージが書かれている。
どれも印象的な、ちょっと考えさせられてしまうような言葉たちだった。

その中でも、このメッセージに一番心ひかれた。
ある時期に、私が常々思っていた事とぴったり一致したからだ。

『一体どうすれば、考えないでいられるのでしょうか。』

ほんと、聞きたい。


ところで、私のカバンには必ず1冊は小説が入っている。
にも関わらず、私の読書暦は浅い。

実は、表題のQuestionに対し、
当時の私が編み出した答えが、「読書」だった。

ついつい考えすぎてしまう一人の時間、
思考にブレーキをかける為、本を読みつづけた。

そして見事に、その役割をやつらは果たしてくれた。
だからこれまで読んできた本の数は、私が考えたくないと思った事の量とざっくりと比例する。

最近はだいぶ読書量が減った。
今は純粋にディケンズやドストエフスキーの作品にマイっている。
名作といわれるものは見たいし読みたい。


さて、次は何を読もうかな。


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赤いちょうちん

20040904_cyotin


赤いちょうちんっていいね。
THE 祭り!って感じで。

なんかいい事ありそな気がして、家に帰るのがもったいなくなる。

こういう感覚って全部、小さな頃の想い出からきてるんだろうなぁ。



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20040903_wa

美味しくて値段もリーズナブルな和食屋さんを発見。
ただの野菜の煮物なのに、すんごく美味しくて感激してしまった。
年中おでんも出してるみたいで、大根もとっても美味しかった。

食べ物はどんなジャンルも好きだけど、
疲れたときとか、リラックスしたい時は
無意識に和食を選んでる気がする。

縁側とか、浴衣とか、風鈴とか、畳とか、
なんか、『和』って、ほっとする。

私が小学校低学年まで住んでいたのは、
確か大正時代に建てたとかいう平屋だった。

祖師谷大蔵駅から歩いて10分位だったと思う。
庭も広くて、植物好きのおばあちゃんが庭いっぱいに
あらゆる木々を育てていた。

縁側もあった。よくそこで日向ぼっこした。
典型的な古い日本のお家だったと思う。

そんな幼い頃の記憶がそうさせるのだろうか。
私は「和」を愛する。
ふとした拍子に、私ってやっぱ日本人だなぁって思う。

なーんか、あったかいんだよねぇ。




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階段の先

20040901_hikari

なんか、つい、登っていって、何があるか確かめたくなってしまう。

その衝動に勝てる確率.....15%

  
 
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守るもの

20040901

黙って家を空けた時、叱らず、何も聞かず、母はまず私の体を心配した。

かつて「ミキを傷つけるものは何だろうと全て許せないのね。」と言った友がいた。

自分が誰かに大事に思われてると初めて知った瞬間だった。

私はこの人達を、一生、絶対に守ろうと誓った。


何だか知らないけど、ここにいてそれを思い出した。

 
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ブラインドの向こう

20040831_Blind

久しぶりに見た夕日。

ブラインドの向こう側は、どこか別世界みたいに見える。


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20040728_fuji

昔、影踏みを良くやった。

だから思わず真ん中に立ってみる。


踏んだ後に、上を見上げた。

昔とは、何もかもが違った。



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夜の向日葵

20040829_himawari

雨の夜、国道沿いに咲いていた向日葵。

黄色い花びらに車のライトが反射している。

朝から晩まで車眺めて、何考えてるんだろ。
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無垢な目

20040827_sakurako

いつも思う。
子供って、すごくキレイな目をしてるよね。
だからとても惹きつけられる。
何時間見ていても飽きない。だから不思議。

まだ何も知らない。
好奇心のかたまりで、大きな目を見開いてキョロキョロ周りを見ている。
こんな目は、大人になればなるほど、失っていく。

昔、まだ何も知らなかった頃は、もっと色々知りたいと思ってた。
知った中で、自分で取捨選択すればいいんだと思ってた。
何事も経験。そう思ってた。

でも、知ってしまった後では、
もう知らない頃の自分には、決して戻れないんだと気づいた。

人の裏切りを知って、まっすぐ信じる心を持ち続ける事が大変になったり、
後悔という感情を知って、自分の決断に自信が持てなくなったり。
大切な人を失ってから、誰と出会っても色褪せて見えたり。

こうやって、少しずつ諦めに近い色を帯びた目、”大人の目”ってやつになっていくんだろうなと思った。

でも、じゃあ何も知らないままで良かったの?
と聞かれれば、やっぱりこれでいいんだと答えると思う。

だから、これで良かったんだと、思おう。


写真は桜子。
8ヶ月を迎える。



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クローズアップ!

20040827_green


外をブラブラと散歩していた。
そこで撮影してみたのが、上の写真。

これ、よくふつーに車道と遊歩道の境目にある植木、なんです。

引いて全体を撮ると、何てことないふつーーの草木なんだけど、
こうやってUPにしてみると、とても生命力、存在感みたいなものを感じた。

人も、大勢集まるパーティーで軽く挨拶するだけじゃ、誰の何の印象も残らない。
けれども一人一人にクローズアップしていくと、それぞれの個性というか”味”が見えてくる。

友達にしても恋人にしても、どれだけその人とじっくり向き合って深くまで知ることができるかで、今まで見えなかったものが見えてくると思っている。
そして同時に、新しい自分も発見できたりするから、不思議。

”ふつーの人”なんて、いないんだよね。
いろんな形、いろんな色がある。
最近それが、面白い。
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笑顔で青汁

20040826_aojiru

私の中にはなぜか
「健康にいいもの=美味しいもの」
というロジックがプログラムされている。

一般的に考えると、あり得ない論理だ。
健康にいい事と美味しい事は、全く=(イコール)ではない。

だけど不思議なことかな、私にはそうじゃないのだ。
「これは体にいい」と言われれば、がつがつ食べる。
納豆も毎日食べてもいい。いやむしろ食べたい。

そして、今私が定期的に飲んでいるもののひとつが”青汁”
1杯100円で飲めちゃうんだから、コストパフォーマンス的にも優れている。

今日もこの青汁を飲んだ。

この青汁、きっとCMでおなじみのように「まずい!」という一言が出てくる味をしてるんだろう。
だけど、「もう一杯!」を心の底から笑顔で言う事が、私にはできる。

photo by mamiya

丸腰で歩けない

20040825

数日前、浴衣の着付けの為に美容院に行ったら、セットでヘアメイクもついてきた。
メイクはいらないと言ったが、料金は変わらないと言うので、せっかくなのでお願いすることにした。

「眉毛、カットしていいですかぁ〜?」
ベースメイクが終わったあたりで、メガネのぽっちゃりしたおねーさんに尋ねられた。
私は基本、店員信用派なので快諾する。すると・・・・

ジョリ、、、ジョリ・・・。

今まで聞いた事のないような音が聞こえてきた・・・。

私は何に関しても、あまり加工する事は好きではないので、私の眉は常にナチュラル。
描いても描かなくても変わらないように設定されていた。(ある意味ズボラ?)
それがポリシー?だった私の眉は、あっと言う間に丸腰では歩けない姿に・・・。

更に出来上がったメイクは、ぱっと見”歌舞伎役者”
母親に多大なるブーイングを受け、結局かなり手直しを入れました。

でも、眉は戻らず・・・。

描けばいいので問題ないんですけどね。
ただ習慣で、ついついうっかりそのまま家を出ちゃいそうになり、慌ててしまいました。
私は普段かなり手抜きをしてる方なので、そろそろこういうのに慣れなきゃかなぁ・・。

しかし、女性って大変だなぁ・・・。
女性暦をもう20年以上やっているにも関わらず、改めて世の女性の苦労を考えました。

photo by mamiya

感動の同期会

20040824_douki

久しぶりの同期会があった。
もう半分以上の仲間が新天地へ飛び立ち、それぞれ活躍をしている。

創業者でもある会長と現社長を交えた同期会は、予想以上に盛り上がった。
1人の同期の提案で、各人が前に出てスピーチをする事になった。
それぞれが現状についての自己紹介と、新人の頃の出来事や会長との思い出を話し、それを聞いていて昔の事を少しずつ思い出してきた。みんな自分の個性をフル発揮して、しっかりとそして面白おかしく、でも懐かしくなるようなスピーチで、いい同期に恵まれたなぁと思った。
そして最後は、社長のスピーチで幕を閉じた。それが一番心に響いた。何人かが泣いていた。私もじ〜んとした。

思えば、まだ会社に残っている同期達でいえば、かれこれ5年くらいの付き合いになる。
5年っていえば、大学よりも長い。
仲の良い同期とは、毎週、毎日のように話をする事もある。
つまり、今まで生きてきた中で、一番長い時間を共にした相手、になるわけだ。

人との絆は、時間で培われる部分が大きいと思っている。
今は渦中にいるのでまだわからないけれど、この人たちは私の人生の中で、非常に大きな存在になるのかもしれないなぁと思った。

そして実際に、既に何人かの同期は、私に非常に大きな影響を与えた人もいるし、大切な人だと、ずっとずっと付き合っていきたいと思える人もいる。

「この会社に入って得たものは?」と聞かれたならば、
私ははっきりと、「その人達と出会えた事が、この会社で得た財産のひとつだ」と言える。

帰り、なぜかすごくモチベーションがあがっている自分に気づいた。
本当に、この会社に入ってよかったと思った。
photo by mamiya

今日の空

20040824_sora

オフィスのリフレッシュルームから取った写真。
ちょっとガラスが反射しちゃってるかな?

濃いオレンジ色が複雑に絡み合って、とても綺麗でした。
皇居の周りの池にも映っていて、更に綺麗。
photo by mamiya

太陽の切り絵

taiyo

数年前の私の誕生日に、親友がプレゼントしてくれた切り絵。
A4サイズの実物は、今も私の部屋に飾ってあるし、この数年間、会社や家のPCの壁紙は全てこれになっている。大切な宝物のひとつ。

何の見本もなく、下書きもせず、カッター1本で彼女はこれを作った。
「ミキのイメージは太陽。」
そう言って、それこそ太陽のような笑顔で渡してくれた。
裏には手紙まで書いてあった。彼女らしい暖かいメッセージだった。

私は嬉しくて嬉しくて、表現下手ながらも、どういう形で表現すれば伝わるんだろうと考えた。それくらい嬉しかった。

だから私は、自分の気持ちをストレートに伝えた。彼女の前では常に自分を偽らないでいた。一点の曇りもなく、まっすぐ向き合った。どんな小さな嘘もつく事はなかった。とても大切に思っていた。

唯一無二の親友。



その笑顔を、私はもう見る事ができない。

『デスクトップの表示』ボタンを押したとき、そろそろ壁紙を変えようかと考えた今日この頃。



photo by mamiya

屋形船

040822
屋形船に乗りました。
一時は台風がくるというのでどうなるかと思いましたが、雨も降らず、暑くもないので、外に出ると風がとても気持ちよかったー。

オフィスワークを長年やってると、季節の移り変わりを肌で感じる事がなくなってくる。
数字に追われれば、あっという間に月日が経っているという事も少なくない。
せっかく四季のある日本にいるのに、なんか勿体ないなぁと思ってた。
だからこそ、休日には季節を存分に感じられる過ごし方をしたいなぁと思う。
photo by mamiya

夕暮れの瞬間

20040815

自宅への帰り道、最後の角を曲がると、突然まばゆい光が目に入ってきた。
写真では、その時の美しさを表現するには足りなくて悔しいくらい、キレイだった。

夕暮れの瞬間って好きだ。
1日24時間ある中で、この光と闇の不安定なバランスが楽しめるのは、ほんの数十分しかない。
シャッターを切る間にも、どんどんそのバランスは変化していくわけだから、その瞬間が見れるのは、やっぱりその瞬間でしかないんだよね。

さぁーー、明日から仕事だぁ!!
photo by mamiya

憧れの川遊び

river


川で遊ぶのって、昔から憧れだった。
私は東京生まれで、親戚はみんな東京か埼玉だったから、川とか山が身近にない生活だった。

小学生の頃、夏休みになると、殆どのクラスメイトが地方に住んでいるおばあちゃんなり、親戚の家へ遊びに行っていた。
みんな新学期には、「田舎に行ってた」と言い、こんがり焼けた肌を見せながら、カブトムシを採った話などに花を咲かせているのを見て、私は羨ましくて羨ましくて仕方がなかった。

「私も田舎が欲しい。」
田舎って意味もよくわからない私だったけど、夏になる度にそう思っていた。
親にも、私に田舎はないのか尋ねたけど、困ったような返事が返ってきたのでそれ以上聞くのはやめた。
TVで川遊びをしている風景を見ては、「田舎ってこんな感じなのかなぁ」と思いを馳せていた。

だから、その頃の思いもあってか、川で遊んだりするのは一種の特別なイベント感がある。

湖に向かう途中で、偶然発見した川に降り立つ。
みんなためらうことなく裸足になって、ジーパンの裾をまくって中に入る。
水が冷たくて気持ちいい〜!!
もう全身びしょ濡れになるまで、遊んでしまった。
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上から下まで

20040611_cake

さすが!
リッツカールトンの喫茶のサービスは良い。

何事も、上から下まで経験すべきだと私は思っていて、
まずいモノを知ってるから、美味しいモノがわかるし、
高いモノを知ってるから、安いモノの便利さがわかる。

どちらかのみに固執してしまうのではなく、それぞれの良さを理解した上で、TPOに応じて取捨選択できればいいなぁと思う。
高いお金を払ってでも、経験をするという価値があると思う。

しかし、、、ケーキはやっぱり美味いものがいい!
フルーツタルトは大好きなケーキNO.1である。

満足。
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静寂

20030903_langkawi

聞こえるのは、波音だけ。

一日が終わる。

思い出の島。

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太陽



東京が燃えているかのように赤いです。
オフィスビルから撮影。
「夕日」というよりも、まさに「太陽」という表現がぴったりだと思いました。

他にも数枚シャッターを切りましたが、ここまで燃えるようなのはこれ一枚だけ。
だから、本当に一瞬の光景なんだと思います。

いつも思う。
キレイなものや印象的なものって、カメラにおさめておきたい。
でも、レンズ越しに見るのと、肉眼で見るのって全然心に響くものが違うんだよね。
だから、結婚式のチャペルのキスシーンでは、いつもカメラを構えるか、そのまま見るか悩んでしまいます。

でも今日は、両方できたから満足。
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20040731

橋の上から。 


実際はもう少し空に明るさも残っていて、藍色の中に、あと三重は輪をかけたような月が輝いてました。
デジカメって難しい・・・。
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富士山

20040728_fuji

都会と自然の見事な調和。

澄んだ空気は、そのアンバランスな芸術を生み出すんですね。


私は今、ここにいるんだと認識させられた瞬間でした。

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東北大学

20040723_touhoku


校内に人は見当たらない。歩けど歩けど無機質な建築物が続くだけ。
けど、置き去りにされた自転車や、ごみ箱に捨てられた空カンの鮮度から、確かにここで人が生活しているんだという事を思わせる。

休日だから、当然だよな・・・と思っていたら、なんといました、図書館に!
そこには全てのデスクを埋め尽くす程の人で溢れており、自動販売機が置いてある休憩用のソファまでをも、参考書を開く学生に占拠されていた。

とはいえ、単に涼んでるだけなんじゃないのぉ〜?と思って、中を歩いてみると、とんでもない。みなさん非常に熱心に勉強していらっしゃいます。寝ている人もいません。

みんな勉強熱心なんだね〜。
私の学生時代には考えられない。。。

そして、また外へ出て、入り口近くにあったベンチで一休み。
大木を囲むようにしてベンチが並んでいる。
きっと平日は、多くの学生がここで談笑しているのでしょう。
写真はそこです。



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赤い橋

20040724_bridge

こういう橋って、歩いてるとワクワクしてくる。
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